研究会ブログ

2016年01月15日 Fri. Jan. 15. 2016

越智貴雄氏がパラリンピックで貰った表現を伝えていく

1月14日、日本デザインコンサルタント協会連続シンポジウムにお伺いしてきました。写真家の越智貴雄氏のお話が特に感動的でしたのでここにご紹介します。

 

越智氏は200年のアテネオリンピック以来国内外のパラリンピックやスポーツ大会を撮影、義足をテーマにした写真集『切断ビーナス』は世界中で大きな反響を呼んでいます。

 

「私が大事にしているのは、表現と伝達が世界を変える、ということ」

 

と越智氏は冒頭でお話され、パラリンピックとの出会いの話が始まりました。

 

越智氏がパラリンピックに出会ったのは2000年、シドニーでのこと。

オリンピックの取材を終えて帰国しようとしていたところ、パラリンピックの取材の依頼を受けますが、パラリンピックが迫るにつれて複雑な心情が募っていきました。

果たして障がいを持つ人にカメラを向けても良いのか、寧ろ車椅子に乗っている人を見れば手助けをするべきではないのか。

 

「それがですよ。開会式で驚いたのは皆が笑顔なんです。脚が無くて逆立ちで行進している選手も居ました」

 

オリンピックと変わらぬ活気に驚かされた越智氏が更に目を見張ったのは初日の車椅子バスケットの試合でした。車椅子同士がぶつかり合う衝撃やスピード感、片輪のみで立ったままボールをキープしたりなどの駆け引き。

100メートルを11秒で駆け抜ける義足の選手、オリンピック選手よりも速く走破される800メートルの車椅子走。

片足のみで1メートル80cm跳躍する高飛び。

 

「開いた口が塞がらなくて、本当にこんなことが起こっているのかとびっくりしました。毎日が興奮でした。自分の中で持っていたパラリンピックへのイメージがどんどん消えていきました。

最後に残ったのは、パラリンピックは「面白い!」これしか残っていなかったんです。これが僕とパラリンピックとの出会いでした」

 

撮影が終わり、何かを残したいという気持ちだったころにタイミングよく銀座のニコンサロンで写真展を開催することができ、多くの人が来場。

ところが、越智氏の予想していなかった反応がその中にはいくつかあました。

 

「障がい者の人にスポーツをさせるなんて」

「余計障がいが重くなったらどうするんだ」

 

「選手はスポーツマンとしての表現で僕の世界を変えてくれたのに、僕はそれを伝えることができなかった。

それが悔しくて、その後も毎回パラリンピックに行ったんです。当時パラリンピックのイメージは「がんばっている人、努力している人、大変な人」。僕のかつてのイメージと同じです。

そうじゃないんです。4年に1度の大会に人生を掛けている人達なんです」

 

選手が自分にくれた感動を表現し、伝達するために越智氏は試行錯誤を重ねた末に「選手のストーリーを丸ごと伝える」というコンセプトを採ります。

かつては新聞のスポーツ面ではなく社会面で取り上げられていたパラリンピックですが、徐々に普通のスポーツ誌や、週刊誌などでも一般のアスリートと同じような取り上げられ方をされる風潮に変わってきました。

 

越智氏の奮闘も甲斐あり、写真を見た障がい者の人からも

 

「自分たちがこんなに速く走れるなんて知らなかった」

「自分もスポーツをやってみたい」

 

という積極的なメッセージが送られてくることが増えたそうです。

 

2020年の東京オリンピックのキーワードの一つとして、「多様性」が挙げられると思います。何に関する多様性なのかという議論はありますが、パラリンピックは多様性に関して一石を投じています。

それが徐々にオリンピックと同列に語られるようになり、「多様性」という言葉がもはや意識されなくなった時、ようやく本当の意味での「多様性」が実現しているのではないでしょうか。

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