研究会ブログ

2014年09月12日 Fri. Sep. 12. 2014

「共に問い、共に考える~対話としての哲学~」レポート

9月9日にミッドタウンタワーで行われたセミナー。

「共に問い、共に考える~対話としての哲学~」に参加しましたので、そのレポートをお届けします。

講師は梶谷真司東京大学准教授。

 

この会の目的は哲学の講義ではなく、哲学を実践すること。すなわち、実際に哲学的な方法で考えてみることです。

また、一応「講師」という肩書きでトークが進められますが、梶谷氏の役割はあくまでルールを説明するだけです。

 

例えば

「他人の発言をさえぎらない」

「他人の意見を批判しない」

「人の発言は最後まで聞く」

などそれらは当たり前のことばかりです。

 

「国会議員はこれらができていませんね(笑)」

というと会場には笑いが広がりましたが、我々もこれらのルールを厳守できているとは言いがたいと思います。

 

そして、会の後半では実際に一つのテーマについて、20人弱程度で皆が思い思いの意見を語り合います。

いくつか候補が出されましたが、この日のテーマは

 

「“受け入れる”とはどういうことか」

 

非常に漠然とした質問なので、最初のほうは話の進み方が手探りの感覚がありましたが、

「言葉に詰まってしまってもかまいません。自分の中で意見をまとめてから話そうなんて思わないでください」

そう梶谷氏に言われることで徐々に比較的闊達な意見交換がなされます。

 

「受け入れることと諦めることは似ている」

「時間が経てば大体のことは受け入れるようになる」

「受け入れさせられているのと受け入れているのは違う」

などなど。

 

しかし宴もたけなわなところで時間が来てしまい、会は途中で打ち切られてしまいました。

「皆さんもっと言いたいことがありますよね?

私の会は時間が来たらすぐに終わるのでかなり消化不良だと思います。

しかしこれでいいんです。腑に落ちないことをお腹の中に抱えることによって皆さんはこれについて考えざるを得ませんから」

と梶谷氏。

 

改めて「考える」ということを考える会に参加すると、我々はほとんどの日常で深く考えることがないということに気付きます。

 

パラパラと移り変わるスマートフォンやパソコンからの情報を次から次に入手して片っ端から忘れていく。5分前にどのようなサイトを見ていたかすら思い出すことが困難な我々は、一つのことを深く考えるという行為から随分遠ざかってしまっています。

 

秋の夜長に、考えることを考えてみる時間を設けるのもいいかもしれません。

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