研究会ブログ

2015年06月12日 Fri. Jun. 12. 2015

『続・100年の愚行』トークイベント レポート

去る5月27日に紀伊國屋新宿南店にて行われた『続・100年の愚行』プロジェクトメンバーによるトークイベントに行ってきました。

編集担当の小崎哲哉氏、アートディレクターの佐藤直樹氏、プロデューサー上田壮一氏が当時のエピソードを交えつつ、書籍完成に至るまでの思いや理念を語ってくださいました。

 

『続・100年の愚行』の前段である『100年の愚考』が刊行されたのは今からおよそ10年前の2002年。

文字通り、人類が急速に発達し始めた20世紀に我々が行った数々の戦争・環境破壊・人種的差別・迫害などが写真を主体にして伝えられています。

破壊された建物の残骸や、真っ黒になった河川、ガリガリでお腹だけが異様に膨れている子どもなどの写真は、非常にショッキングですが目を奪う力があります。

 

「この本が出来上がるまさに直前に、9.11のテロが起こりました」

 

と、『100年の愚行』発刊当時を振り返ります。

煙を上げるビル、そしてまた突っ込んでくる飛行機の映像が世界中に流されたあの日。

その光景は書籍の中のどんな写真よりもリアルで凄惨でショッキングなものでした。

そういう意味で、図らずも象徴的な時期に発刊を迎えた『100年の愚行』でしたが、

企画意図に賛同し、大量の部数を買い取ってくれるはずだった欧州の某団体からその取り消しの旨が伝えられました。

9.11が起こった直後に『100年の愚行』というのはあまりにもタイムリーすぎるからというのがその理由です。

 

ショッキングな映像や写真を目にしても、多くの場合は「かわいそうだね」という感想を抱いて、その5分後には何事も無かったかのように日常生活に戻っていくのが普通かもしれません。

それは別に感受性が無いとか、冷血だとか、想像力の欠如という言葉で責められるようなことではなく、一々それらの情報に反応していたら精神が持たない我々の防御反応とも言えるでしょう。

ショッキングな映像でテーマを提起することには成功しても、その映像が凄惨で残酷であればあるほど、「かわいそう」以上の感情は湧きにくくなるのかもしれません。


そういう意味では、ショッキングな写真の連なりである『100年の愚行』も「かわいそう」喚起に終わってしまう可能性から逃れられないかもしれません。しかし、2014年に発刊された『続・100年の愚行』ではそれに対する更に一歩踏み込んだ提案として、諸問題に関する文献リストが収録されており、QRコードで読み込めばすぐに書籍購入ページにアクセスできるという仕掛けが付いています。

 

もちろん、これによって読者全員が文献を読み漁り、社会問題のエキスパートになるわけではないでしょう。しかし、100人、あるいは1000人に1人でもそういう方が居れば、「気づきの輪」が広がっていくのだと思います。

 

2013年に起きたバングラディッシュで起きた工場倒壊は、グローバルに展開するファストファッションが劣悪な労働環境によって成り立っていたことを暴露し、

携帯電話、スマートフォン、そのた電化製品に使われるレアアースが採掘できる鉱山を巡ってコンゴでは武装組織が内戦を繰り広げている。

グローバル化、多国籍企業、SNSによって世界はますます狭くなっている中、パソコンやテレビ越しの悲劇の原因の一端と我々は関わっている可能性が大いにあります。

 

最近では人種的な蹂躙をしない製造工程で作られていることを謳う「フェア」な商品が徐々に人気を博していることは、グローバル企業の生む問題を皆が意識し始めた証拠であると思います。(とは言え、最近は「フェア」もかつての「エコ」のように社会受けを狙っているだけのものも多いですが)

 

現代社会の恩恵を受けている以上、その犠牲になった部分をしっかりと見なければならないな、と感じたイベントでした。

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