研究会ブログ

2016年01月29日 Fri. Jan. 29. 2016

文化経済2016.1月講演レポート②/松浦弥太郎氏

第82回文化経済研究会第2部講師は、元『暮しの手帖』編集長・現クックパッドの松浦弥太郎氏。

 

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■ひょんなことから『暮しの手帖』編集長に

松浦氏が『暮らしの手帖』と初めて関わったのは、故花森安治氏の展示が催された際、古書店やエッセイストとして活動していた松浦氏にキュレーターの方から声がかかり、講演を任されたことが縁。

 

「2005年という時期はライフスタイルや暮らしなどを素敵に見せるというテーマで多くの雑誌が刊行されていました。

方や『暮しの手帖』は全盛期は100万部の売り上げがあったのですが、2005年には10万部を切っていたんです。編集長も1年や2年ごとに変わり、これ以上部数が落ちてしまうと会社として成り立たないという瀬戸際でした」

 

「僕は一読者として『暮しの手帖』にエールを送ろうと思いました。当時の『暮しの手帖』は色んな商品をテストしてダメな商品であれば蹴飛ばしたり窓から投げたりしていたんです。良い商品であれば褒めちぎる。そういう感情的なところがあって、それが支持されていた要因でもあったんですが、僕は逆に『暮しの手帖』自身をテストするという視点で講演をしました。世の中はこんなに変わりましたが、『暮しの手帖』は変われていますか?と」

 

講演の前列には歴代編集長や役員・幹部が並び、松浦氏は肝を冷やしつつも講演をやり遂げると創業者の大橋鎭子さんに何故か大変気に入られることに。

 

「『あんた編集長やりなさい』と。僕その時点で2回しか会ったことないのに。やったほうが良いと言い張るんです。毎日のように電話が掛かってくるし、本当にしつこいんですよ(笑)。

僕は編集者の経験も無ければ、雑誌を創刊したことも無いのに」

 

そんな僕にどうして編集長を任せようと思ったんですか?とお伺いすると、大橋鎭子さんは

 

「知りたい?」

 

「そりゃあ知りたいですよ!」

 

「どうしても知りたい?」

 

焦らされる松浦氏。

 

「教えてくれなければできません」

 

「じゃあね、教えてあげる。理由は『勘』よ」

 

勘。

その言葉に半ば拍子抜けした松浦氏でしたが、

 

「教えてあげたんだから、もうあなたで決まりだからね」

 

と笑う大橋鎭子さんを見てなんとなく覚悟を決めてしまった松浦氏は2日後に早速会社に連れて行かれ、2005年の10月に『暮しの手帖』編集長に就任したのでした。

 

■家族全員で楽しめる雑誌

当時の雑誌ターゲットは「25歳女性」や「35歳男性」など、ターゲットが細かく細分化されているのが常識的でしたが、松浦氏はあえてそこで幅広いターゲットを設定しました。

 

「暮らしの手帳は広告が無いので、収入源が売上しかない。読者が作り手と一緒に年を取ってしまえば、このままでは自然消滅します

60代や70代の読者だって、「新しい『暮しの手帖』」を期待している。そう編集部を説得して家族全員で読める暮らしの手帖を目指しました。お母さんが買ってきて、娘さんも読む、おばあさんも懐かしがって読んで、お父さんも皆が読んでるので何だろうと思い読む、最後に息子がなんとなく眺める」

 

「最初の3年間はクレームばっかりでした。『もう読みません』『私の暮しの手帖をどうしてくれるんだ』『20年間の読者ですが、もう読みません』って手紙が来るんです。メールじゃなくて手紙ですよ(笑)。手紙のほうがメールよりもボディブローみたいに効いてくるんです(笑)」

 

そこで、3年間は毎日お返事の手紙を書いていましたが、4年目からはクレームが一切来なくなり、雑誌の部数が伸び始めるように。

 

「世の中の流れと段々フィットしてきたことや、編集部の若い人の力もありました」

 

松浦氏は21万部超まで『暮しの手帖』を復活させますが、50歳という年齢と向き合ったときに、インターネットに興味を向けました。

アナログ派だった自分が、気付けば寝る前にスマホを弄っている。寝る前に読む、というのは正に『暮しの手帖』が目指しているものでしたが、それを実現しているスマホというメディアに嫉妬と同時に好奇心を覚え、クックパッドと縁があり2015年4月に入社。

 

「どういうWEBサービスを作ったら皆さんに喜ばれるかなぁと考え、7月に一般公開したのがWEBメディア「くらしのきほん」です。

暮しの手帖で培ったある種の知恵、それがいくつか使えると思ったんです」

 

■おばあちゃんが読んで楽しめるものを

「1つは「田舎で暮らすコタツで入ったおばあちゃんが読んで面白いと思うもの」企画会議をすると、皆さん知らない外国の料理とかを提案するんですけど、それじゃ読まれないんですよ。

そうじゃなくて、寒い地方の人気の無い山村でお婆さんが一人で住んでいたとして、そこに郵便受けに『暮しの手帖』が届き、お婆さんがパッと拡げる。

「あら素敵、これならすぐにできる」

「これもよく知ってる。面白い」

と、そう思ってほしい。代官山や表参道に住んでいる人にしか分からないものではなく、どんな人でも楽しくワクワクするものを作ろうということ。人は自分が知っていることしか興味が無い。知らない外国の料理よりも、カレーやギョーザや収納の話。それを深く掘り下げるんです。そしたら新しい何かがあるはず」

 

■『暮しの手帖』は震災を扱いません

もう1つ大事にしていた「知恵」は、「現実逃避させるメディア」ということ。

3.11で、東北の流通がストップし、雑誌の売上は激減だろうといわれた時のことです。

 

「その時、各メディアが被災地と放射能のことを調べ取材し、それぞれの見解を一生懸命に発信していたんですが、僕はその時に『暮しの手帖』ではそれは扱いませんと宣言したんです。

それよりも、美味しいハンバーグの作り方、おいしいうどんのこね方、素敵な手芸の紹介をしましょうと言ったんです」

 

「凄いバッシングを受けました。電話も掛かってきて、今こそ東北に行って放射能と被災者の現実を伝えろと言われました。

だけど、僕はしなかった。3月23日に『暮しの手帖』の発売日だったんですが、部数は1.5倍でした。そして5月は1.7倍。流通がまともに機能していなかったのに。

僕自身びっくりして、被災地の仮設住宅を訪ねました。すると読者の方が皆さん言うんですが、テレビも雑誌もネットも、悲惨な話しかしない時に『暮しの手帖』だけはどこのページを見ても震災のことも、放射能のことも書かれていなかった。

あの時皆さんは現実逃避するために『暮しの手帖』を選んでくれたんです。

雑誌やメディアは真実を伝えるという役割もありますよ。でも現実逃避させるという役割もあるんです」

 

松浦氏のお話は全てが平易な言葉で語られ、その中に横文字のビジネスワードが入ってくることはありませんでした。

そこからは松浦氏が聴講者全員に自分の話を分かってもらい、楽しんで、少しでも収穫があるようにと「心働き」されていることが伝わってきました。

誰にでも分かるありふれたことを、掘り下げるということを考えてこられた松浦氏のお話は非常に心に残るものでした。

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