研究会ブログ

2014年06月25日 Wed. Jun. 25. 2014

文化経済研究会会員様インタビュー/つばめグリル、石倉悠吉様 後編

前編はこちら

 

誰も「素材」は越えられない

Q牛や豚などの素材を店舗で丸ごとさばくというのも新鮮さを追求しているからですね。

Aどんなに良い腕をもった料理人でも「素材」を超えられません。例えば、私は色んな都道府県に行って米を食べることがよくあるんですが、どこの米も美味しいんです。でもそれは当たり前なんですよ。採りたての米なんだから。それに対して銘柄というのは時間が経っても美味しさの劣化が緩やかです。最初の米はどれも美味しくて、地域による差は0か1ぐらいかもしれません。しかし時間が経つにつれてその開きがどんどん大きくなる。その差はどんなに腕の良い料理人でもどうにもできないんですよ。

また、素材の作り手も大事です。牛や豚だと何を食べさせられて育ったか、ストレスを極力避けることができたかなどの要素ですね。最終的には作り手と良い関係を構築しなければならなりません。作り手のところに行くんです。それも嘘をつかないということに関わってくる。その証拠に、うちはメニューを変えません。メニューを変えたらせっかく今まで構築してきた産地との関係が全部切れてしまうからです。だからお肉も国産である必要があります。国産でなければ産地と濃密な関係になれませんから。そういう理由もあって、TPPの後でも国産牛は必ず残るでしょうね。

これは多店化したからこそできることです。牛や豚を一頭丸々買い取るっていうことができますからね。大きくなったら質が落ちる店は確かにあるかもしれません。しかし、私は大きくなって美味しくなる店をやりたかったんです。

 

日本の生産者にやりがいを

Q継続していく中で「慣れ」みたいなものが出てくるんじゃないですか?

A出てきますね。それが一番気がかりなところです。アメリカなどで朝市というものがありますね。朝市は、生産者は少なくとも損はしていません。道の駅と一緒なんですよね。日本は東京五輪ぐらいまでは生産者の収入は今より高かったらしいんです。しかし、高度経済成長期に物流が長くなりコストが上がった結果彼らの粗利益も減ってしまったんですよ。沢山買い取る代わりに値下げを迫る日本の外食産業も良くありません。その挙句、粗悪品が出てきます。一番極端なのはスーパーやコンビニで売っているサラダ用野菜です。あれは加熱すると解けちゃいますし、味もそっけない。それを補う為に味の濃いドレッシングが横に置いてあります。野菜の格好をしていますが、本当にその栄養があるのか疑問です。

今のままだと生産者はやりがいがありませんし、収入がいつまで経っても増えません。日本の国がおかしくなってしまう。日本のレストランや外食産業が人手不足といいますが、当たり前ですよ。海外繁盛店のウエイターの相場といえば最低でもMBAの初任給ぐらいは貰えます。向こうではレストランっていうのは稼げるんです。だからある程度人が来る。

 

本当のサービスとは

日本は見せ方競走なんですよ。本質ではなく見せ方を競う。例えば料理っていうのは一種の方程式で、この組み合わせは美味しそうだけど、そういう組み合わせで本当に美味しいの?と思うことが良くあるのですが、メニューに写真をのっけた時の見栄えを優先しているのでしょう。

業態や店のつくりでも同じ。そういう見せ方競走はすぐに同質化していきます。

おもてなしは、気配りと躾が大事ですね。お客様はちゃんと迎える、帰るときにはちゃんと靴を揃える。そういった気配りが自然に出来るのがおもてなし。それはマニュアルで決められたことをキチンとするということではありません。あるパリのレストランでは忙しい時フォークやナイフなんて放り投げるようにして置きますが、その日の素材の状態や調理法は無論お客様の料理と進行が全部頭に入っていて安心だし、トラブルを感じたら順位をすっ飛ばして呼ぶ前にきてくれるんですよ。

そういうのが本当のサービスだと思います。日本でもそれぐらいの気配りが広がっていけばいいですね。

 

石倉社長が一貫して守っているのは「嘘をつかない」ということ。仲間に対して嘘をつかない、お客様に対して嘘をつかない、生産者に対して嘘をつかない、自分の味覚に対して嘘をつかない。つばめグリルが幅広く支持される理由の一端がそこにあると思います。

(了)

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