私がつくる、未来への処方せん | セルフドクタークラブ 

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原村 廃材建築家/レストランオーナー

長谷川豊さん

はせがわ・ゆたか1954年京都生まれ。京都市立日吉ヶ丘高等学校美術工芸科(現・京都市立銅駝美術工芸高等学校)卒業。16歳の頃から白樺湖の牧場に手伝いに行き、古材を使った丸太小屋作りなどを習得する。京都市消防局の救助隊に3年間勤務した後、21歳から本格的に牧場に弟子入り。その後、アメリカ、カナダ、アラスカ、メキシコ、グアテマラなどへ修行の旅に出る。大工仕事などで日銭を稼ぎながら旅を続け、原住民やヒッピーたちの生活に触れる。82年、八ヶ岳の麓にレストラン「カナディアンファーム」をオープン。

 

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住宅というスケールや仕様からは大きく外れ、木材の形や特徴を活かして作られた圧倒的な建築物。みんなと同じ物を作ろう、キレイな物を作ろうなんて思わずに、そこにある物(廃材)で工夫して作る。廃材だからお金はかかっていない。だから、いくら失敗したっていい。考えるよりも、体を動かそう。はみ出すことを恐れる空気が社会に蔓延する時代に、八ヶ岳の麓で型破りな物を作りながら生活する開拓者に会いに行った。

 

 

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廃材だから、いくらでも失敗できる

石窯焼きのハンバーグやサーモンステーキ、自家製ハムやスモークサーモンなど、野性味あふれる料理で評判のレストラン「カナディアンファーム」を仕切っている。愛称は“ハセヤン”。夏場は店の仕事や農作業で忙しいが、オフシーズンはチェーンソーを手に建築の仕事に励む。

作っているのは、廃材を使った建築物だ。廃材を使えば、手間はかかるが材料費はかからない。借金をして家を建てるなんて考えられないと言う。

「廃材でテーブルを作ろうとして、たとえ失敗しても薪にすればいい。次の材料はいくらでもある。設計図がなくても、どんどん作る。なにせ、材料はいくらでも転がり込んでくるのだから、失敗を恐れる必要がない」。木材の特徴を活かし、大胆に作ってこその建築物の魅力がそこにはある。

カナディアンファームの広大な敷地には、レストランを中心に、ハセヤンが建てた建築物が点在している。屋根の上で植物を育てたり、風呂を置いたりと、発想はいたって自由。建築物だけではない。米や野菜、食べる物もできる限り自給する。とにかく自分で作れる物は何でも作ってみる。そんなハセヤンの建築物や生活スタイルに憧れ、毎年、国内外から見習いにくる若者が絶えない。

 

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石窯やスモークボックス、フライパンなどの調理道具も自分で作ってしまう。役に立たない物は作らない主義。ゆえに作るのは生活必需品ばかり。


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セルフドクタークラブ村ぐらし研究会は11月3日(火・祝)、

MIDORI長野の「りんごのひろば」で、りんご収穫祭を開催しました。

 

 

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Garden山屋の山村まゆさんの「白樺キャンドルアレンジ作り」では、

白樺をベースに針葉樹や小さなリンゴ、木の実をあしらったキャンドルに。

随時ご参加くださった方々とマンツーマンで作り上げました。

 

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シンガーソングライターの深瀬人寛さんの「りんごライブ」では、

信濃グランセローズ後援会公式応援ソング「Step!」や、

友人から送られてきた一通の手紙がきっかけとなった「手紙」、

本イベントの初披露となった「りんごのうた」など数曲を披露。

 

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参加者には、旬のりんごをプレゼント。

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東急ハンズ長野店さまにもご協力いただき、

山村まゆさん手作りのクリスマスリースや

深瀬人寛さんオリジナルCDを販売くださりました。

 

手作りリースは引き続き、東急ハンズ長野店にて販売させていただきいております。

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限定販売のオリジナルリース右から、大中小の3種類。

 

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「精一杯やったけど、ダメだった」のほうがいい

個人が所有する建物を保存するために、行政がお金を出すはずもない。だから株式会社を立ち上げ、出資者も募った。自ら資金も工面した。もう後には引けない状態に自らを追い込んだ。

お棺に足を突っ込んだ時、「あの時やればよかった」よりも、「精一杯やったけど、ダメだった」のほうが、自分の性格に合っていることは分かっていた。古民家レストラン『創舎わちがい』オープン当初は、「3年もてばいい」とも言われたが、それがかえって火をつけた。

「それなら、何が何でも4年以上はやってみよう」
仕掛けたのは、マイナスをプラスに変える、逆転の発想からだった。なぜなら、店の立地は決してよくはない。駅から徒歩10分、しかも上り坂。横づけできる駐車場もない。でも、それが悪い条件なのかは、やり方次第。お客様が道をたずねれば、町の人たちとの触れ合いになる。だから駅には看板を出さなかった。広告宣伝費はゼロ。その分、お客様に「わざわざ来てよかった」と思ってもらえる精神的満足感、価値観を提供しようと努めた。

 

 

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女子力に期待し、最大限活用しながらも、表には出ずに女性を引き立てる、男性スタッフがいてくれることにも感謝している

 

人をうまく巻き込んでいく

町のため、子や孫のため、まさに〝ずく〞を惜しまずやってきた彼女のもとには協力者かが集まってきた。

「『創舎わちがい』を立ち上あげた時は、斜に構えて見ている人ばかり。歴史的に重要な建物を残す意義を理解できなかったんです。でも、それから5年後に、かつて麻を貯蔵していた『麻倉』、7年後に江戸時代の塩問屋の建物を使った『塩の道ちょうじや』を掃除した時は、小学生から90歳まで200人もの方々がボランティアで助けてくれました。ありかがたいです」
ひとりの力には限界がある。町おこしの成功の秘訣は、いかに人を巻き込んでいくか。そのうまさが光る女将のまわりには、素敵な女性たちもそろった。「子育て中の女性、若い女性など、自分の能力を試してみたいという女性ばかり。女性の感覚というのは大事。それを活かしていきたいのです。彼女たちなら、いつかはそれぞれ独り立ちしてやっていける。それが実現できるように、もっともっとずくを出します」

 

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お客様の不満は、成長するきっかけになる

お客様をお迎えし、お帰りになるまでが大切と説く。第一印象で「この店に入ってよかった」と思っていただく。心を込めた料理をおいしく味わっていただき、帰り際には、感謝を込めてお見送りをする。それが〝おもてなしのフルコース〞。

「ここまでやって来られたのは、お客様とのよいご縁だとつくづく思います。お客様が置いていってくださった不満が、私たちの成長につながりました」

「もっとこうすればよい」と助言をくださるのは、身内の意識があるからこそ。「こんな店、どうでもいい」と思ったら、何も言ってはくれない。最初の頃は、不満を聞くのは怖くて辛いことだったが、今はようやく聞けるようになった。それができるようになったのは、地産地消や伝統的な食材にこだわり、大切な食をお出ししているという自負が芽生えたから。

大町の気温は冬場、氷点下度まで下がる時もある。おそらく『創舎わちがい』は日本一寒いレストランだろう。足にしもやけができるような地域でしか出せない食材を活かし、ここでしか味わえない文化を大切にしていきたい。


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大町市 古民家レストランオーナー

渡邉充子さん

わたなべ・みつこ1956年長野県大町市生まれ。女子美術短期大学専攻科卒業。日本現代工芸美術に出展。若一王子神社祭礼流鏑馬衣装の製作など、30代までは工芸作家として生きる。97年いーずら大町特産館事業協同組合に事務局長として勤務。05年株式会社創舎わちがい設立。代表取締役に就任。

 

「ずくを惜しむな、ずくを出せ」とは、長野県全域でいまも頻繁に使われてる、「努力しろ、根性を出せ」などという意味の方言。4世代7人家族の家事と子育て、介護に追われてきた女性は、町のよさが失われていくのを前に一念発起。文化・歴史を伝える一角を美しく保存し、子や孫たちにふるさとを大切に残ことを自らの使命にし、まわりの人をうまく巻き込みなかがら、ずくを惜しまず町の未来を描き続けている。

 

 

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掃除をすると、町のよさが見えてきた

 

信州と日本海を結ぶ「塩の道」として栄えた大町市。町屋造りの建物が多く残る品格のある町にもかかわらず、その魅力に気づかずにずっと暮らしていた。長くアートの世界に身を置いていたが、40代の初めの頃、目の手術を受け、アートを断念。生き方を変えようと思っていた頃、道路の拡張に伴って古民家の改築をしなければならないと嘆く声を聞いた。改めて町を見つめてみると、歴史と文化がしっかり残る素敵な町だった。

4世代7人家族、子育てと介護に明け暮れる30代を過ごした女性の、第2章がここから始まる。まず行ったのが、30年もの間空き家だった古民家の大掃除。掃除の範囲は、大町の商店街に残る古民家全体にまで広がっていった。

「きれいな場所、昔からの文化・歴史を伝える一画を美しく保存する。バブルが置きざりにしていったシャッター商店街を開ける。子どもや孫たちのふるさとをきれいに残すこと。それが私の使命なんです。そのためにも、ブランド力のある町にする。そうなれば、通過の町ではなく連泊してもらえる町になる。経済効果を生み出して、みんなを幸せにしたい。そんな願いを込めて取り組みました」

 

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「古民家を利用する場合、大抵は再生し過ぎ。設計士に頼らず自分で考え、大工さんと相談しながら造りました。これが私の唯一のアートです」

 


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