私がつくる、未来への処方せん | セルフドクタークラブ 

 

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竹細工職人 田中 久夫さん


須賀川竹細工振興会 会長

田中 久夫さん

 


 

須賀川地区は、長野県山ノ内町の北部にある自然豊かな町。

田中久夫さんは、江戸時代よりこの地に根づく伝統工芸「竹細工」を守り続けてきました。

時代の変化と上手く調和しながら、竹を編む喜びを後世に伝えます。



●伝統文化を守り、育てる

 


 

須賀川竹細工振興会ができたのは、今から30年以上も前のことです。

当時はどの家でも父と母、それに息子や娘など、

一家に2,3人は竹細工に携わっていました。

でも、製品は相場で買われていたので、

作れば作るほど安く買いたたかれるという状況があり、

「奴隷的家内工業」などと揶揄されることもありました。

 

そんな、あまり前向きになれない状況の中でスキーブームが来ました。

スキー場の仕事が増え、プラスチック製品も普及し始めたこともあって、

みな一気にやめていきました。

そんな苦労をしなくても収入が得られるわけですから、致し方なしですね。

 

しかし、その流れの中で、これまで懸命に竹細工工芸に

 取り組んできた者としては、「これこそが我々の生活を守ってきた文化だ、

なくしてはならない」と強く感じ、有志でいいからと逆に動き出しました。

それが昭和55年のことで須賀川竹細工振興会の設立につながりました。

そしてしばらくして、須賀川の竹細工製品が雑誌『クロワッサン』に取り上げられ、

その勢いにのって竹細工を売るために「ぼて市」という催しを開いてみたところ、

小さな集落に1万人もの人が集まり大成功を収めました。

この記録はまだ破られていません。

 

現在、飯山で定期的に実演販売していますが、

メンバーが率先して立ってくれるようになりました。

私が教わったおじいさんやおばあさんはもう亡くなられてますが、

そこで育てられた人たちが振興会を構成しています。

現在、16、17人いてがんばっているので、私もやめるわけにいきませんよ。


 

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手作業で編まれた「ざる」や「かご」はとても丈夫


●竹を編む喜びを知る

 


 

須賀川竹細工の歴史は古く、300年ほど前の江戸時代中期には、

須賀川に竹細工の文化が伝わったとされています。

でも、町の他地区にあるもっと古い資料には、

須賀川からザルをもらったという記載がありますから、

竹細工そのものにはもっと長い歴史があるのだと思います。

 

竹細工の伝統技術を伝えるために教室を開いていますが、

これは振興会設立以来、もう30年以上も続いていて、

今ではそこで学んだ人たちが私を追い抜き、

3,4年前からは、私よりも多くの作品を出し始めています。

おかげさまで、教室は盛況で生徒は約40人にもなっています。

初心者クラス、原料を材料にするクラス、高度な編み方のクラスの

3つにわけて対応しています。

 

須賀川は520戸ほどの村ですが、若い人たちはみんな出ていってしまって、

残っているのは老人ばかり。移住してくる人もいなくてある意味、限界集落です。

だから振興会も須賀川の人は私含めて2人、あとは他地域在住の方々です。

作品を出せるようになると振興会に入ってもらいますが、

そういう人も売れる喜びでまた作るようになる。

一本の竹からモノができる喜びは大きいものです。

 

 

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一つひとつ丁寧に竹を編む田中さん

 

●変化は逃さず、新たな挑戦を

 


 

昔からこだわっているのは、同じものは作り続けないということ。

生活の変化に伴うモノ作りをしないと飽きられてしまい、

絶対に継続していかない。そのために福島や茨城など、

いろいろな所に視察に行き日々学習しています。

竹細工など編込み工芸品の全国大会が福島県の三島町で開催されていますが、

そこで仕入れた多様な技なども積極的に取り入れるようにしています。

 

日本は、編む、組むといった生活文化がどんどんなくなっています。

今は籐が手に入りにくくなっており、

籐細工職人が竹細工をやるようになっている。

でも真竹は細工するには固く、

籐に似ているのは須賀川で使っている根曲り竹なのです。

 

根曲り竹細工にとっては今、一番いい時じゃないでしょうか。

ここはがんばっていかなくては。

籐の技術が入ってきているので、今まで根曲り竹細工にはなかったデザイン、

違う素材とのドッキングなども考えていいのではと思っています。

これまで籐細工のデザインだったものも、竹でもできるというものがあるはず。

素材の変更は難しいのではと思われていたものがありますが、

それは消費者にとっては新しい価値があるものなんです。

だからやろうよ、と声を掛け合っています、私自身、今一番元気な気がしますね。

変化はチャンス、逃げてはいけない。みなでそう話し合っています。

 

後編に続きます。

 

<プロフィール>

 


 

たなか・ひさお

1963年(株)信濃旅行会社を退社後、新聞販売と牛乳販売店を開業。

77年須賀川竹細工振興会設立。80年新・須賀川竹細工振興会設立し、

82年事務局長を経て、98年会長に就任。現在に至る。

 

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