私がつくる、未来への処方せん | セルフドクタークラブ 

安曇野市 染色デザイナー

菊地均さん

きくち・ひとし 秋田県生まれ。専修大学文学部卒業後、広告代理店、クラフト関連会社を経て独立。87年染色工房キクチファクトリー設立。京都や大阪で活動した後、96年に安曇野市に移住。ショップ十色屋を開く。03年工房名を「atelier 10colours」に改名。現在地にて「十色屋」をリニューアルオープンする。

 

人工的な物にあふれた都市での生活では、色への感度が鈍っていくようでならない。豊かな自然に囲まれながら、西洋の文化も色濃く、どこかアンニュイな色が漂う安曇野という土地で、色の可能性を広げ続けている染色デザイナーがいる。タブーのない自由自在な組み合わせ。私たちは十人十色、一人ひとりが自分だけの色をもち、別の色と出会うことで、新たな世界を無限に広げていくことができるのだ。

 

大変な世界に入ってしまった

京都でサラリーマンとして働いていた時、知り合いから「モダンな漬物屋にかける暖簾を探している」と相談を受け、自分がその暖簾を作ろうと思った。染色の経験があったわけでもないのに、なぜそんなふうに思ったのか? 思えば、京都では呉服会社の営業をしていたこともあり、着物職人を訪ね歩いていた。仕事を通し、色や材料に関する感覚が磨かれていた。染料屋でアルバイトをしていた経験もあり、薬品の知識も多少はある。相談を受けた日の会社帰りには染料屋に寄り、材料を一通り買いそろえて実験的に染色を始めていた。

 

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それが今から30年ほど前のこと。初めて商品として染め上げたのは、ランチョンマットだ。よいものができたが、売ることが一番難しいことは、長年、営業職をしていた経験上分かっていた。

「大変な世界に入ってしまった。でも、アルバイトをしてでもこれを続ける」と妻にも宣言した。なぜならその当時、まだモダンな暖簾を作っている人はほとんどいなかったから。自分のスタイルも見えてきていた。

「アーティストではなくデザイナー寄りの仕事がしたい。作品性を追求するのではなく、建物やお客様の要望に合わせた暖簾を作ろう」

 

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「染料を買い、初めて染め上げた時に、それがとてもキレイだったんですね。だから、できると思ったんです」

 

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