私がつくる、未来への処方せん | セルフドクタークラブ 

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安曇野に来て、色への感度が明らかに変わった

安曇野に移住してきたのは、今から20年ほど前のこと。仕事場兼住まいにできる広さと家賃の条件を満たすとなると、当時住んでいた兵庫からは離れ、東に行ったほうがよいだろう。そこで信州が候補に挙がった。たまたま紹介されたのが、安曇野の物件だった。

「内見をしに行った日がちょうど、紅葉のすごくきれいな日で。即決でした」

ここに住むようになってから、色への感度は明らかに変わった。

「関西で染色をしていた頃は、“和”の雰囲気なんですよ。でも、安曇野の雰囲気は“洋”。今まで作ってきた物を並べてみたら、すごく地味に見えたんです。安曇野に来てからは、使う色の幅が広がりました」

黄緑と黒は合わせないとか、それまで自分の中にあったタブーがなくなった。組み合わせに失敗なんてない。もっと自由に色を使っていいのだ。

「デザインで丸を1つ描くにしても、同じ大きさで描く必要はない。大らかになって、物を作るのがますます楽しくなりました」

 

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「白でもいいんだけど、そこにあるとすごくいい色というのがあると思う。そこの空気が変わるような色が」

 

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“伝統”も、初めは“革新”だった

「他の人が作らない物を作りたい。もちろん最初は真似から入りますが、そこをクリアして自分のものにしなきゃと思っています。伝統を大事にするのはよいのですが、その“伝統”も、初めは“革新”だったはず」

時代に合わないものは淘汰されていく。核となるものはそのままに、発展性をもたせることが大事だと考える。

「ただ闇雲に形を変えればいいわけではありません。世の中の流れを見て作る物を決めていきます。例えば、丸い形の暖簾を作ってみたらどうかという人がいますが、暖簾をかける出入り口は四角しかない。丸くする意味がないんです」

着物の世界では、黒だけでも多くの黒があるように、本来、日本人のDNAには四季に呼応した繊細な色のセンスが組み込まれているはずだ。それが効率化、大量生産化の波にのまれ、新しい色や組み合わせを、つくる側も買う側も挑戦しなくなっているような気がしてならない。

屋号にしている「十色屋」とは、“十人十色”をもじった名前。一人ひとりに合った色、落ち着く色がある。日本独自の細やかな色の表現はもっとあるはずだ。徐々に薄れている現代人の色への感度を、染色によって豊かにしていきたい。

 

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