私がつくる、未来への処方せん | セルフドクタークラブ 

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伊那市 レストラン・山小屋オーナー

大竹明郁さん 美保子さん

おおたけ・あいく 静岡県浜松市生まれ。ミュージシャン、中古家具店経営などを経て、25歳の時に料理の道に入る。イタリア北部の料理を提供する店で修業を積む。

おおたけ・みほこ 愛知県生まれ。24歳の時から西洋アンティーク雑貨店「プチマルシェ」を経営。その世界観を守りながら、2009年に夫婦で名古屋から伊那市へ移住し、レストラン「プチマルシェ」をオープン。近くに1日1組限定の山小屋「mokki」も営んでいる。


伊那駅から車を30分ほど走らせる。地元のタクシー運転手も、「こんなところにお店があったかね~」と言うほど人気のない山中に、大竹さんご夫婦の広大な土地が広がる。山羊や鶏、犬と共に暮らし、野菜やきのこを育て、レストランや山小屋では予約限定でお客様を迎える。料理や空間から漂ってくるのは、旅をしてきた人の匂い。2人がこの地に根を下ろして暮らすことを選んだのは、自分たちの風景をつくりたかったからだ。

 

 

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人が作った土台に乗るのは嫌だった

2人共よく旅をし、そこで出会った西洋の文化に特別な思いがあった。明郁さんは食を学ぶためイタリア料理店で働き、美保子さんは西洋アンティーク雑貨店を経営していた。その2人が出会い、西洋の暮らしを提供するお店をもちたいという共通の夢をもつ。選んだ場所が長野だった。

「移住地には、ワインぶどう栽培を行い、洋食文化の受け皿がある長野が初めから頭にありました。問題は長野のどこにするか。集客を考えれば観光地がよいけど、人が作った土台に乗るのは嫌。ここは、何も始まっていない、まっさらな土地で、ひと目見てピンときてしまった」

軽井沢や松本と比べたら知名度は低いが、伊那には絶対的な人口はある。市内の30~50代の1割の人がお店に来てくれれば生きていける。土地代は予算をオーバーしていたが、運よく国からお金を借りることができ、移住を決めた。

レストラン兼住居にしている建物は既存のものだが、2人で手をかけて改装してきた。店内の大きな窓からは、山羊や鶏が育つ広い庭と、遠くの山並みが一望できる。どこにいるのか、どの時代にいるのかさえ分からない、非日常なのに不思議と心地よい、2人で作ってきた風景だ。

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窓の外に見えるのは、自然の他には自分たちが作った物だけ。人工物が一切なかったのがこの場所に決めた理由。

 

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どこの国とか型にはめず、いろいろな国の物を集めている。冬の間は雪で閉ざされ、何もできなくなる東欧では、村人が民族衣装の刺繍や切り絵などを作る文化がある。そういった「素朴な手作りの物に惹かれる」と美保子さん。

 

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