#10 田原 謙インタビュー


アートとして生み出したものか、どうか、あまり関係ない。

E:「TABARU」と「Palmet」というふたつブランドを立ち上げて活動していらっしゃいますが、ふたつは全然、趣が違いますよね。

T:全く違いますね。
見た目は全然違いますけど、僕の中では、そんなに変わらない。「TABARU」は和というモチーフ、テーマを通して表現しているし、「Palmet」はまた別のものを表現しているし。
「TABARU」は技術的なことを追求しているブランドなんです。伝統的なモチーフとか、そういう、ものとしてどこまで迫力のある、細かいものを作れるかということを追求していったブランドなんですね。
「Palmet」は、もうちょっと、自分の中の根本的なクリエイションの部分の追求です。例えば一本の線を引くことのような。そこまで削ぎ落とすような。でも、その一本の線に出る個性みたいなものが実は大事なのかなと思っていて。消して消して、無くなるくらいまで消して、それでもまだ残るものが本当の自分のポートフォリオなのかなって。「TABARU」とはもうちょっと違う視点でものづくりを出来ないかなって思ったのが「Palmet」の始まりです。「TABARU」より軽い感じの表現だけど、軽いからといって薄いわけではなくより核心に近いものというか。そういうものが出せるかな、と。

E:少しずつ自分の根源的な部分も表現していこうと?

T:僕自身まだ、「Palmet」に関しては正直探りながらの部分もあるので、それが上手くいくかどうかも分からないですが、ただ、やってみたかった。

E:これらは、ご自身の中では「アート」として作っているのでしょうか?

T:自分がどういうつもりで作っているか、アートとして生み出したものかどうかというのは、自分の中ではあまり関係ないですね。アーティストを目指せばアーティストになるのかというと違うと思いますし。最終的には人が判断するものだと思います。

E:アクセサリーという身につけるものとアートの境い目って、ご自身の中で何か区別ってあるんですか?

T:そこは、何も考えてないですね。
とりあえずやってみる。僕にはそれしか出来ないですし。
オブジェとか壁にかける絵だけがアートだとは考えなくていい。僕のアクセサリーも単なるファッションだけじゃなく飾ってくれてもいいし。使ってくれる人の判断というか。
昔のアクセサリーが美術品として美術館に展示されることもあるだろうし、将来的に自分の作ったものがどうなるかっていうのは分からない。

E:田原さんの作品を身につけてもらう人に、どういう風に感じてもらいたいですか?どんな人に付けてもらいたいですか?

T:自分が物を買うときに、自分の琴線に触れるものってありますよね。初めて見たものなのに「これを探していた」って思えるもの。洋服とかでも、そういうものって後から見ても失敗したって、思わない。何年も捨てられずに着る。そういう感じで何年も大事に使っていただけると嬉しいなって思います。

E:そういう自分のスタンダードになるようなものになってほしい、と。

T:「これが、自分」っていう風になってほしい。
洋服とか、「○○さんぽいね」っていうのあると思うんですけど、そうなってほしいですね。自分でも「私っぽいな」って思ってほしい。
まぁ、それだけじゃなく、いろいろな想いはありますけどね。

E:田原さんの作品に吸い寄せられる人ってどんな方が多いですか?

T:「TABARU」は男性の方が多いですけど、意外に女性もたくさんいらっしゃいます。クリエイティブなことをやっている人とか。仕事をしっかりやっていたり、目標をもってやっている人たち。それが僕の理想でもありますけど。
やっぱりモノが好きで、こだわり持ってやっている人が多いですね。
「必要ないもの」じゃないですか。衣食住の中で無くても生きていける。それを欲しいと思う人って、普通の人にはないこだわりとか意味とかをそこに見つけている人だと思うんですね。
アートなんてその際たるものですよね。アートを買うとか、身の回りに置いておくって発想する人は、そもそも何かしら自分の中で強い想いがある。それなりの自分が生きてきた証とか象徴として、やっぱり買うんじゃないかな。

E:アクセサリーを買うってことにおいても、アートを買う行為とルーツは一緒だと?

T:ファッションの中でも一番必要ないものですからね。


アートに興味がある人は、
自分のアイデンティティに興味がある人。


E:田原さんの発想の原点は何ですか?

T:昔から、すごく本を読んでいたんですね、児童文学とか、童話とか。その世界に浸ることで、想像力は鍛えられたと思いますね。現実じゃないものを現実のように考える力と、ものを発想する力って一緒だと思うので。
「これはなぜ美しいのか」って自分で判断しますよね、ものの理解や解釈において、多分僕は絶対に、他の人とは全然違う「見え方」をしています。
「自分が見えるようにしておく」っていうのは、大事です。

E:それは自然と養われてきたんですか?

培われてきた部分と元々の部分と。
ものをつくるのは好きでしたからね。小さい頃遊んでたことと、今やってることって、何ら変わりがない。本当に変わらない。勉強しないで遊んでて良かった(笑)

E:(笑)
人と違う見え方をしているとおっしゃっていましたが、それは小さい頃から気づいていたんですか?

T:小さい頃は気づいていなかったですけど・・・。
僕は病的なんで(笑)喫茶店に掛かっている絵が斜めでもイヤなんですよ(笑)
すぐ気づくんです。印刷物とかでもセンターから1ミリずれてても気になっちゃう。気持ち悪いんです。

E: Small Art Museumのコンセプトでもある、インテリアとしてのアートについてはどう思いますか?

T:僕のつくっているアクセサリーも、感覚的にはインテリアとしてのアートと近いですよね。
ディスプレイ用の小物とかはインテリアとしてつくっているので、自分にとってあまりにも身近すぎるテーマなんで・・・。(少し考える)
でも、やっぱりアートに興味がある人って自分のアイデンティティに興味がある人だと思うんですよね。自分のやりたいことや意思を明確にもっている人だと思います。それがアートじゃなくても、ビジネスやスポーツに向いていたって何でもいいと思うんですけど、アートに向いている人などは、インテリアなどで自分のセンスとか好みを、自分で認識したいということもあって、生活空間にアートを取り入れりたりしているんじゃないかなと思います。


試行錯誤のプロセスの先にあること。


E:技法的なこだわりとか、流儀とかは?

T:基本は日本の手仕事。工具とか凄く好きなんで、その流儀に則って、あとは自分でアレンジしていくという感じです。
僕は、カタチを削り出すことが、めちゃくちゃ・・・得意なんですよ(少し恐縮気味に)すみません(笑)。

E:ええ(笑)。

T:その一番得意な行為を封印してみたらどうなるだろう、とか考えて、自分の特技をあえて使わないことを、たまにやったりするんです。それで叩いて丸めて溶かしてカタチをつくってみたりする。自分の特技でものをつくっちゃうと、つくる前に完成が分かっちゃう。時間かけるか、手間かけるか、大作つくるか、それだけになっちゃうんで。

E:自分でもどうなるか分からないことを楽しむ、みたいな?

T:ええ、行き当たりばったり。

E:「TABARU」の伝統的な技法は、ベースは学校で学ばれたのですか?

T:これに関してメインで使っている能力は、専門的には「デッサン力」なんですよ。デッサン力というと、例えば人間の骨格とかボリューム感とか重心とか、質感。
人間だけじゃなく、何でもいい、物でも。陰影とか、温かさとか、柔らかさとか。それらを再現する能力のこと。
それがベースになっていて、あとはそれを使ってどう料理するか。デッサン力は鍋みたいなもので、その中にどういう材料を入れてどういう味付けをしていくかっていう感じです。あとはアイデアとか。その場の状況判断とか。

E:技法以外に何かこだわっていることってありますか。ルールとか。

T:ルール・・・・。同じものを作るときに「作業」にしないようにする、ということは気をつけています。
作り方を考えながらやる、というのが自分の中で納得のいくものづくりに近いので。
1回使ったものを、同じ工程でまた同じものを作ろうとすると失敗するんですよ。マニュアル化しちゃうと、何かつまらないというか。
どうしても1回やってしまうと「作り方」になってしまうので。なるべくそれをやらないように。初めて作ったかのように。
新鮮な気持ちがやっぱりものに現れるかな、と思っていて。
まだ見たことのない「こうしたらもっと格好よくなるんじゃないか」っていうワクワク感みたいな。

E:機械的ではなく、1個1個何かを感じながら、考えながら作るんですね。
「作業になっているな」って感じるときはあるんですか?

T:同じようにやっているのに上手くいかないときはありますね。そういうときは強引に立て直す。作ったもの1回壊すくらい。
1個目って、試行錯誤のプロセスが残るんですよ。やってみて、金属を叩いたり曲げたりするときに、例えば3回叩けば曲がるなって分かっているんじゃなく、1回1回手探りじゃないですか。そういうことがいい感じでカタチになっていく。だから上手くいかないときは3回で曲がるって分かっていても、実はそうじゃなかった、試行錯誤が足りなかった、というときには、わざと失敗したりするんですよ。わざと歪ませてみたり。
そうすると立て直さないといけないので、何とかあのカタチに近づけようって気持ちがまた生まれる。そんな風にやってみたりしますね。
そういう作業もしていきたいし、効率化するところはする。お客様が何を求めているかをまず考えて、そのバランスをとります。


生涯のテーマ、「アート」。


E:生みの苦しみって、ありますよね。

T:格好いい言い方すると、生きること自体が結構大変じゃないですか。当然痛みとか辛さとか。でもそういうのを何も感じなかったら、多分生きている感じがしないと思うんです。
自然の過酷さって死ぬか生きるかのところにある、だから生きようと思うわけじゃないですか。
僕はものづくりをしようということを生きるうえで選んでいる、それに対して苦しみとかを味わうのは当たり前で、ただの楽しさだけだったら面白くないですよね。
むしろそういうプロセス踏まないと生まれてこないものもあるんじゃないかなって思いますね。
・・・って、口ばっかりなんですけどね!(笑)

E:(笑)では、その流れで聞きますが、表現することとは田原さんにとって何ですか?

T:さっきも言ったように、生きるということ。お腹が減って、生きるために食べなくちゃいけない、そういうことと同じですね。
自分にとって生きるために当然必要な行為です。

E:創作活動に影響を受けたことはありますか?

T:美術の巨匠たち。あとは身近な仲間。
本当に歴史に名を残す人たちが、自分と同じ年のときに、「ここまで凄いものを作っていたのか」と知ると、「身のほどを知ろう」って思いますね。
だから、それもあって、アートという漠然とした目標ではなく、わりと現実的な工芸とか、そういう方面に行こうと思ったんですね。
アートは凄く好きですし、自分の作品がアートになればいいなぁとは思いますけど、「あれ」を見ちゃったときに自分はちょっとこの人たちにかなわないなって思った。

E:自分を知る、みたいな。

T:うん・・・。当然、時代とか、もともとの才能とか、いろんな背景はありますけど、自分の出来る範囲というのは、巨匠たちや好きなアーティストに出会って分かった。
それだけアートって凄いんだと思いますし、自分の生涯のテーマになっていると思います。
本当に、身のほどを知ろう、とは思いました。だから無理して巨大な絵や彫刻をつくこうとは思わないですし。僕にとっては身につけるもの、両手で持てるくらいが、ちょうどいいと思いますね。

E:これからはどういう風に活動していきたいですか?

T:環境も含めて、自分のものづくりがどんどん理想に近づけるようにやっていければいいなって思います。
やっぱりつくっている人みんなが抱えている問題として、時間だったり、お金だったり、なかなか自分の思い通りに出来ないときってあるじゃないですか。そういうことが壁になって制作ができない、という風には思いたくない。
だからブランドを作ったんです。ものをつくる人はビジネスが出来ないとは思われたくない。ものをつくれるし、お金も稼げるようにやっていきたいと思います。

(T:田原氏 E:遠藤 2010年8月27日 田原さんの事務所兼工房にて)

 

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