江戸文字とは、江戸時代に盛んに使用された図案文字の総称で
江戸情緒豊かな、相撲、歌舞伎、提灯や千社札に
使われる文字などを総称して「江戸文字」と呼んでいる。
それぞれの書体は、もともとは使用される用途も違っていたので
別々の名称を持ち、相撲の「相撲字」、歌舞伎の「勘亭流」、
寄席の「寄席文字」、千社札の「籠文字」、髭文字、提灯文字、
角字など魅力的な文字デザインが誕生し今日に至っている。

相撲は平安時代まで遡るほど、その歴史は長い。
相撲が本格的に行われ始め、
相撲に関わる職業が確立したのは江戸時代。
貞享元年(1684)に慶安以来の相撲興行の禁止が解かれ、
その後元禄年間(1688〜1703)に
各地で勧進相撲が許可され盛んになっていった。
宝暦(1751〜1763)の頃、
上図のような相撲番付を刊行するようになり
現在の相撲字の源流を思わせる形式が誕生した。
相撲字の通称は、根岸流。
創始者である三河屋根岸治右衛門憲吉の姓を冠して、
このように呼ばれている。
中央に「蒙御免」(ごめんこうむる)とあるのは、
大相撲が幕府の認可のもとで興行をおこなっていることを
証明するもので現在でもこのなごりが残っている。
相撲字の特徴としては、隙間が少なく直線的である。
他の江戸文字と異なり、筆のかすれやささくれを嫌わず、
むしろ個性として尊重しているところである。
現在ではあまり見られないが、
木偏の漢字をバランスを取る意味で
木かんむり(例:「松」→「枩」)で表すのも特徴といえる。
また力文字(ちからもじ)とも呼ばれ、
力士が互いに力を出し合う様を表しているといわれている。
今は、代々、行司に必須科目として伝えられ、
中で達者な人が番付を揮毫(きごう)することになっている。
横綱が一番大きく書かれ、以下大関、関脇と
地位が下がるにつれ小さく書かれるようになっていき、
序ノ口の力士になるともはや
虫眼鏡が無ければ読めないほどである。
番付はB判全紙(109×76センチ)の中に
力士が800余り、親方ほか200余りという
計1000人を書き込む。
江戸時代末期になると文字による番付と共に
錦絵による「絵番付」が人気を呼び
相撲見物のおみやげとして大流行したそうだ。
相撲字を学び伝えることは
書法もさりながら相撲の知識がとても必要になるそうだ。
単なる文字デザインの伝承ではなく
相撲文化を伝承するという意味でその役割は大きいと思う。
参考文献
・目で見る江戸、明治百科1江戸庶民の暮らしの巻(国書刊行会)
・今昔文字変化(板橋区立美術館)










