江戸美学研究会|「江戸のデザイン」と「江戸の生活文化」を研究するクラブ「エビケン」です。

ぶろぐ

江戸生活文化インタビュー
【神田祭の伝承と発展】
vol.02 神田囃子

神田祭を支えるお囃子は
口伝(くでん)で伝承される無形文化財

祭に欠かせないリズムと華やぎを生み出す「祭囃子」。神田祭に奉仕する「神田囃子」は、東京都の民族無形文化財に指定された郷土芸能だ。その囃子を守り伝える活動を行う「神田囃子保存会」会長の立野喜久雄さんに、神田囃子の歴史と魅力について伺った。


葛西から始まった江戸の祭囃子

──神田囃子、そして保存会はいつ頃生まれたのですか。
 元々江戸の祭囃子は葛西に起こったといわれています。神田祭の時には、神田の各町会が葛西の囃子方に依頼し、自分達の山車や屋台で演奏してもらっていました。囃子方は各町会で審査され、彼らの耳に叶って初めて町会の浴衣と半纏を渡され、晴れて神田祭の山車や屋台に乗れたのです。でも、それを続けているうちに、頼んでばかりじゃつまらない、自分達でもやってみようということになり、当時、神田須田町に住んでいた青山啓之助という祭好きの職人が音頭を取って講師を呼び、町会の人達と囃子を習い始めました。
 やがて神田明神で1日と15日に行われるお囃子の奉納に奉仕するようになり、神社に認められて境内で演奏できるようになると、青山氏が初代会長となり、後援会として昭和2年に保存会が発足。当時の趣意書には、志賀直哉の弟の直三氏や女優の轟夕起子さん、先代の宮司さんなど壮々たるメンバーが名を連ねました。それから浮き沈みしながらも活動は続き、私が3代目の会長になります。

──お囃子は祭に欠かせませんね。
 お囃子には「囃し立てる」という意味があります。祭の中では一部分に過ぎませんが、ないと寂しい。「神社に入ってきたら聞こえるな」という空気のような存在ですが、祭の雰囲気を生み出す一つです。でも神田囃子が聴きたくてわざわざ来てくれる人もいます。「仕事を放り出して聴きにきました」なんてブログに書き込みをしてくれる人もいると嬉しいですね。


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並び順は向かって左から鉦(四助)、大太鼓(大胴)、締太鼓(真)、締太鼓(流)、篠笛。太鼓が手前で、鉦と篠笛は少し控えて並ぶ。



──神田囃子の特徴は。
 今日、伝承されている江戸の囃子は「五人囃子」で、大太鼓、締太鼓(しめだいこ)2台、篠笛(しのぶえ)、鉦(かね)の5人1組です。曲は組曲としての構成をもち、締太鼓の合図で、まず始まりの曲「屋台」が演奏され、次に「昇殿(しょうでん)」「鎌倉」「四丁目(しちょうめ)」「上がりの屋台」と続きます。江戸の祭囃子の構成はみな同じです。浮世絵しか残っていないので分かりませんが、おそらく江戸時代には組曲になっておらず、楽曲をバラバラに演奏していたと思います。それが明治になって組曲形式にまとめられたのでしょう。
 ルーツである葛西囃子と神田囃子を比べると、葛西はテンポの速い「早間(はやま)」で、神田囃子はゆっくりめの「大間(おおま)」。間が大きい囃子です。

──大間になったのはなぜでしょう。 
 諸説ありますが、神田囃子が祭だけでなく花柳界のお座敷にも呼ばれて演奏するようになると、襖が開いてお辞儀して始めるような、長唄のような要素が出てくるわけです。すると雰囲気を変えてゆっくりになる。場所に応じて洗練されていったのだと思います。


教えるのは、すべて口伝

──神田囃子は、どのように教え、伝えていくのですか。
 すべて口伝です。以前、音楽の教科書に神田囃子を載せたいといわれて、CDと指導用教科書を作ったことがあるのですが、学校の先生は音符が欲しい。でも、こっちは音符では出せないから、あくまで口三味線で通したんです。その姿を見て、これであのお囃子の演奏ができるのかと、先生方が驚いていました。
 教える人によって個性が出るので、昔の音源とはお囃子も変わっています。初代も先代も、基本を覚えたら、あとは自分の個性を出して演奏してよいという姿勢でした。基本の型だけがあって、お師匠さんはいません。家元がいれば、家元に習ったままに演奏しなさいということになってしまいます。でも、神田祭だって時代に合わせて変化しているでしょう。変化しなきゃおかしい。逆に、そうでないと残らないと思います。


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保存会のメンバーは10代から70代まで老若男女が集う。



外からの力が祭囃子を支える

──東京都民族無形文化財に指定されていますね。
 昭和27年に、葛西囃子と一緒に登録されました。神田明神に対する神田囃子という文化財なので、神田明神の歴史が続く限り永遠に続けなくてはいけないものになりました。ですから人が少なくなれば講習会をして、人を集めて維持しています。神田祭を盛り上げる使命もあります。


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左:鉦は他の四人を助ける楽器。 中央:大太鼓の奥には囃子の要となる締太鼓が2台。 右:篠笛はお囃子の華。



──保存会には誰でも入れますか。
 誰でも入れます。まずは10回の講習会で一通り覚えてから、稽古場デビューします。最初に習うのは調べの基本である締太鼓です。次に締太鼓の間に打つ大胴(おおどう)と呼ばれる大太鼓。次が鉦です。鉦は他の四人を助ける意味があるので四助(しすけ)と呼ばれます。最後に篠笛を覚えていきます。1年で覚える人もいれば、覚えるのに10年かかる人も。今、教えている人は4人。これから稽古場デビューして、稽古場で他の人と合わせ、一人前になればお祭に出ますよ。
 神田明神では神田祭の他、初詣の三が日、豆撒き、桜祭、大祓、七五三など演奏する機会が多いので腕も磨けますし、発表の場が多いので保存にもつながります。神田の他に、湯島や文京区のお祭にも呼ばれます。神社以外でも発表する機会は多いです。
 元々は地元で始まった会ですが、実は現在、メンバーの中に地元の氏子さんは10人弱しかいません。衰退して講習会を始めるようになり、徐々に神田の外から参加する人が増えたんですね。地元の人は、お祭の時は町会の仕事があり、囃子を演奏している場合ではない......すると必然的に外の人が多くなります。外の人の力が大きな支えです。維持するのは大変ですが、楽しい思い出もいっぱい作らせてもらっていますので、その恩返しをしていきたいですね。




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《お話を伺った方》
立野喜久雄さん

神田囃子保存会
神田明神の神楽殿を拠点に活動。毎週火曜日の19〜22時に稽古を行っており、興味のある方は直接見学に訪れてもOK。2017年の神田祭では、5/13(土)の神幸祭にて巡行トラック、三越室町一丁目の屋台、松枝町の山車、中神田連合の宮入。14(日)は境内、神楽殿、鳥居前の計7か所で演奏を聴くことができる。

www.ne.jp/asahi/pcgnet/home/hayashi.htm

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