江戸美学研究会|「江戸のデザイン」と「江戸の生活文化」を研究するクラブ「エビケン」です。

ぶろぐ

江戸生活文化インタビュー
【神田祭の伝承と発展】
vol.03 手描き提灯

祭から新歌舞伎座まで
伝統の手描き提灯を守る

宵宮を賑やかに彩る祭の華「提灯」は、江戸の代表的なプロダクトデザインの一つ。秋葉原に店を構える提灯問屋「吉野屋商店」で、現在療養中の7代目・吉野喜一さんに代わり、一家で暖簾を守る娘の由衣子さんにお話を伺った。


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描き上げられたばかりの「佐久間三丁目」町会の高張(たかはり)提灯。竹竿に高く吊るし、町神輿を先導する。



江戸から続く提灯問屋

──創業は安政元年だそうですね。
 創業者は吉野善兵衛という、徳川家に付き従って三河から江戸へ来た武士の末裔です。元々この界隈には武士が多く住んでいましたが、幕末の頃には武士達も生活が苦しくなり、傘張りや提灯描きなど様々な内職をしていました。吉野の家は提灯描きをしており、いよいよ提灯屋専門になったというのが始まりと聞いています。

──提灯は貼る作業から行うのですか。
 江戸の昔から、提灯を貼るのは和紙や竹ひごの産地である水戸や岐阜などで行い、江戸では文字や紋を描くところからというように分業されていました。現在は東京に6軒ある卸問屋のうち、手描き提灯の職人を抱える問屋はうちだけになりました。
 吉野屋は提灯だけでなく、旗、装飾卸問屋ではありますが、現在は旗や装飾は少なくなり、提灯が主です。中でも手描き提灯を得意としています。旗は、昔は国を挙げての行事の時によく使われましたし、花飾りのような装飾も商店街ごとに飾られていました。今はそれらの需要が少なく、さらにインターネットで全国どこからでも買えます。でも、注文の手描き提灯だけは職人さんがいなければできません。吉野屋ならではの仕事として、現在まで守っています。

──なるほど。手描き提灯はどんな場所で使われるのでしょうか。
 神社仏閣の行事・催事など、お祭で使う祭礼提灯や、お盆には盆提灯を小売店に納めます。また、商業施設の業務用提灯の依頼もあります。これは戦前の写真(下)ですが、昔は三越、伊勢丹等のデパートの催事に使われていたんですよ。


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戦前の吉野屋の写真。3メートルほどの大きさの商業用提灯を描いている様子。「呉服まつり」の文字が見える



──大きな提灯ですね。提灯が看板代わりだった時代があったんですか。
 看板屋は江戸時代からあったのですが、提灯は目立つので用いられたのではないでしょうか。このような大提灯は天井から吊るして、職人さんが脚立に上って描いていきます。天井から吊るす設備を持つ店は今ではほとんどないので、大提灯の注文も来ます。
 例えば、新しく開業した歌舞伎座タワー地下2階にある「木挽町広場」の大提灯もうちの仕事です。

──歌舞伎座や祭の提灯など、伝統を守る一翼を担っているんですね。
 ありがたいことに地元の神田祭を始め、関東から東北まで多くの神社仏閣に提灯を納めています。奉納提灯以外の、祭礼用の弓張(ゆみはり)提灯、高張(たかはり)提灯は、各町会の鳶頭がまとめて注文くださるんですよ。


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左:大提灯を吊るして描けるように造られた天井。周りにはイサムノグチの照明作品が並ぶ。 右:名入れの弓張提灯。祭で持って歩いたり、宵宮では町神輿に付けることも。



神田はずっと祭とともに

──今でも鳶頭がいるんですね。
 神田には30人弱の鳶さんがいて、各町会の神輿を組み立てたり、櫓を組み、神酒所(みきしょ)を作ったりと、神田祭を取り仕切っています。本業が鳶職なので高い場所の提灯の取り付けもお手のものです。この界隈では、今でも結婚式に鳶さんを呼び、おめでたい木遣り唄を歌ってもらったりしますよ。
 神田界隈は今、再開発で土地を離れる人も増え、町神輿の担ぎ手も減り高齢化が進んでいます。でも、子の世代がこの地を離れても、神田祭には孫達を連れて神輿を担ぎに帰ってきます。神田の人達は皆、祭が大好きですから。各地のこうした祭がずっと続くことを、私たちも願ってやみません。




吉野屋で30年
提灯を描き続ける若き提灯描き職人
内川偉全さん


──提灯の文字は特徴的ですね。
 これは江戸文字といいます。歌舞伎文字の勘亭流は、劇場が埋まるようにとの意味を込めて文字の間を隙間なく装飾的に埋めますが、江戸文字は遠くからでも読めるようにあまり装飾をせず、すっきり読みやすく勢いがあるのが特徴です。もちろん注文があればゴシック体でも明朝体でも描きますよ。

──どのように描いていくのですか。
 ぶんまわし」と呼ばれるコンパスのような道具で、文字の位置を決め、文字の輪郭を墨で線描きして、その後、中を塗っていきます。小さい提灯なら線描きをせずに一気に描くこともあります。


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大きな高張提灯を手際よく、あっという間に描き上げていく内川さん。祭の前は1日に数百個描くことも。神田明神の神紋である「流れ三つ巴(ともえ)」の朱も鮮やかだ。



──提灯描きの一番難しいところは。
 提灯の下方に文字を描くことですね。提灯は上下が窄(すぼ)まっていますから、竹ひごの縦線に合わせて文字を描いてしまうと、下にいくにつれて文字が小さくなってしまう。提灯は見上げる物なので、正面から見ると文字の大きさに多少違和感があっても、見上げた時にきれいに見えるバランスで描かないといけないんです。飾る場所によって文字の見え方も変わるので、それを考慮しながら描くのが難しいところです。

──逆にこの仕事の面白さは。
 仕事そのものが面白いですし、お客さんが喜んでくださり、時々お礼状もいただきます。そういう時は嬉しいですね。自分の仕事をあちこちで見られるのも、この仕事の喜びです。



合資会社 吉野屋商店

安政元年創業。東京に残る数少ない手描き提灯を扱う提灯・装飾品卸問屋。ギャラリーを兼ねた店内では、吉野屋の商品を常設する他、夏は盆提灯の展示販売を行い、他の季節は彫刻家イサムノグチの提灯作品「AKARI」を展示。キャラクターとのコラボレーションなど新しい取組みも行う。 


千代田区神田佐久間町2-13

www.e-yoshinoya.jp

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