江戸美学研究会|「江戸のデザイン」と「江戸の生活文化」を研究するクラブ「エビケン」です。

ぶろぐ

江戸生活文化インタビュー
【祈りと願い】
vol.03 折形

正月を始めとした節句の行事の中にも、また、贈答をする際の熨斗袋や水引の結び方一つにしても、日本の儀礼にはそれに合った作法があります。日本古来の礼法の一つである折形(おりがた)を今に伝え、現代に活かす活動をしている折形デザイン研究所 代表 山口信博さんに、季節の礼法について伺いました。

折形は武家の礼法の一つ

──そもそも折形とは何でしょう。
 折形は室町時代に確立した武家の礼法である「武家故実(ぶけこじつ)」の中の一つで、贈答の際の「包み」と「結び」の礼法です。本来武家の秘伝であるその礼法を、江戸中期の幕臣で、武家故実家でもあった伊勢貞丈が、『包之記(つつみのき)』と『結之記(むすびのき)』の二つ合わせて『包結図説(ほうけつずせつ)』として出版しました。伊勢家は代々幕府の礼法指南役を務め、故実を司る家柄。貞丈はその当主だったのですが、禁を犯して出版しました。

──武家故実の秘伝を出版したんですか。
 礼法は家ごとに一子相伝で口伝されるものでしたが、それがかなり間違った形で市中に広まっていて、伊勢家に伝わっていることと大きく違っていた。それを正すという意味合いもあったようです。貞丈は『古事記』を研究、再発見した本居宣長と同時代の人です。傾奇者(かぶきもの)や不良な連中が出始め、西洋から様々なことも伝わってきていた元禄から少し時代が下った頃で、古来より伝わる「やまとごころ」をもう一度見直そうという機運がこの時代にあったのでしょう。

──礼法を正しく伝えたいと。
 贈答の礼法だけでなく、武家の礼法は非常にたくさんありました。切腹の仕方から、合戦の陣を張る時の天幕の張り方に至るまで。貞丈の書物の中には『軍用記』というものもあるのですが、その中には「首実検」の作法についても書かれています。
 武士が手柄を立てることは禄に反映されるので、その首が本当に敵の大将のものなのかを見極める首実検は重要でした。ただ、行っていることはグロテスクな蛮行ですよね。蛮行だからこそ美しい所作でしなくてはならないというのが、武家故実にはあるのかもしれません。白木の桶への首の収め方とか、桶の中で顔が倒れないようにする置き方とか、全部作法がある。生々しさを形式と秩序の中で解消していったんだと思います。

──江戸の太平の世になっても、武家にとって礼法は重要だったのですか。
 参勤交代にも作法がありますし、江戸城ではいろんな年中行事があり、その作法はとても重要でした。例えば将軍が大名に亥の子餅を配る行事があり、亥の子餅用の包み方もあります。それも難しい包みなんですよ。
 江戸城内の年中行事の準備は各藩の持ち回りで、どの藩にもいずれ順番が回ってきます。だから色々な作法をまとめた『包結図説』が出版された時には、参考にした人が多くいたと思います。

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折形デザイン研究所 代表 山口信博さん。研究所では教室も開講しており、心地よい和の空間で折形の心と作法を学ぶことができる。


神の力を体内に取り込む

──贈答を大切にする心が、礼法というかたちを作ったのでしょうか。
 贈答という時に、人と人の間のことだけと思いがちですが、そこには神様の力をいただく、という考え方があります。例えば出陣する前には宴を催し、お酒を酌み交わして士気を高揚させますが、そこでは神に酒や食べ物を捧げ、それを下げてみんなで食べて飲む。これを「直会(なおらい)」と呼びます。それによって神様のご神徳を体内に入れることができるんです。

 お酒が象徴的ですが、元々お酒はお米と水です。そこに酵母の働きがあり、大いなる自然の働きがあってお酒になるわけです。自分を超えた大いなる力の働きがあって、生み出されたものですね。例えば婚礼で三々九度をする時、神酒を注ぐ長柄の銚子と提子(ひさげ)は、それぞれ雄蝶と雌蝶の折形で飾ります。神酒は瓶子(へいし)という酒器から、いったん雌と雄の銚子と提子に注ぎ分けられ、それを盃に受けて交互に両方飲むことで、再び体内で雌雄が一体化する。ここには陰陽の考え方があります。雄は陽で雌は陰です。これらの礼法には武家の儀礼を超えて、もっと深い人類の普遍なるものと繋がっている気がしますね。
 私が折形に関わっていて思うのは、表立っては見えないけれど、陰陽の思想が至るところに隠れているということです。四角い形のものは陰と考えて、同じく陰の結び方である双輪結び(蝶結び)で結び、丸いものは陽なので、同じく陽の片輪結びで結ぶこと──と貞丈は示しています。


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折形は全紙や半紙といった定型サイズの和紙を使い、紙を切らずに包む。紙を切ることは切腹にも通じるタブーなのだ。一枚の紙を折るだけで箱ができあがる「内ろっかく」は折形デザイン研究所がデザインした現代の折形。


お正月の身近な折形

──お正月行事で身近な折形にはどのようなものがありますか。
 例えば、祝い箸を包む箸包みでしょうか。祝い箸は柳の白木の丸箸と決まっています。柳は水辺に生える木で、陸と水の境界にありますね。幽霊と柳は付き物ですが、水はあちらの世界とも繋がっている。その境界にある柳は独特な意味合いがあります。古来より柳は邪気を祓う霊力のある木ともいわれます。また、木に粘りがあって、風に揺れる柔軟性がある。お正月に使う箸が折れては縁起が悪いので、そうならないように柳を使います。
 それを両方の先端を細くした「両口箸」にします。両口というのは、片方は人間が使い、もう片方の天は神様が一緒に食べてくださるということを意味します。神人共食の場が正月の膳ということになります。

──祝い箸の包みには特徴がありますか。
 箸の据え方も重要で、垂直に両口の天の側を上にしつらえます。また右前、左前というのがあって、お祝い事は右前に包みます。祝い箸もそうですし、慶事のご祝儀の包みもそう。不祝儀の場合は、逆に左前になります。
 我々は基本的には右利きなので、右手で開けやすいように相手のことを考えて右前なんですよ。右利きの人が開けにくい左前は凶の開き方。こうした身近なものにも、折形の思想は込められているので、注目すると面白いですね。

ori_hashi.jpgのサムネール画像
祝い箸包み(折形デザイン研究所)



《お話を伺った方》 山口信博さん
折形デザイン研究所
礼法である「折形」の秩序ある美しさをモダンデザインとして捉えなおし、今に活かせる「折形」を探求する研究所。展覧会、ワークショップ、教室の開催、出版、手漉き和紙職人とのコラボレーションによる、オリジナル商品の開発など、さまざまな活動を通して、折形の美と精神を伝えている。
www.origata.com


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