江戸美学研究会|「江戸のデザイン」と「江戸の生活文化」を研究するクラブ「エビケン」です。

ぶろぐ

江戸時代に花開いた変化朝顔

これが朝顔??と思われるような不思議な形の花や葉を持った「変化朝顔」の展示会が、8月25日(金)~8月27日(日)に日比谷公園内で行われました。変化朝顔の伝統を継承し、栽培・育成を行う愛好会である「変化朝顔研究会」の副会長伊藤重和さんにお話を伺いました。


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●変化朝顔はどのようにして
ブームになったのですか。

江戸時代は泰平の世が長く続いたことから、様々な趣味が発達しました。中でも園芸は、大名から町人まであらゆる階層に広まった趣味です。特に朝顔は、苗が10文や15文で手に入り、庭先でも手軽に栽培できることから人気の花でした。
朝顔づくりがブームになると、やがて「変化朝顔」がつくられ、新しいもの好き、珍奇なもの好きの江戸の人々に支持されました。「朝顔師」という職業が生まれたり、共通の趣味・興味を持つ仲間が集まるクラブの原型「朝顔連」の活動が活発に行われたりして、全国に広まったのです。各地で品評会が開かれ、番付も作られるほどでした。大阪から江戸へ早飛脚を使って朝顔を運んだなんてこともあったそうで、あまりの加熱ぶりに、時の幕府が規制をかけるほどだったといいます。最初の変化朝顔ブームは文化・文政期の頃で、2回目のブームは嘉永年間、その後、明治10年頃にブームが再燃しています。戦争中も栽培を続けた方もいて、絶やすことなく現在に至っているのです。



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●どうしてこのような
突然変異が起こるのですか。

朝顔は花が開く前に受粉します。雌しべがあって後から雄しべが伸びてきて、雄しべが通過するときに雌しべに花粉がついて受粉します。
専門的な話になりますが、突然変異は「トランスポゾン」(動く遺伝子)の働きによって起こります。例えば上の写真の白い朝顔の花には、細い線が入っています。通称「雀班(そばかす)」と呼ぶんですが、これはつぼみができる時に「トランスポゾン」の働きが、正常な遺伝子の機能を壊すことで、この様な模様が現れます。これと同じような働きが、葉や軸などでも起こるんです。



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●8月下旬に朝顔の展示会は
少し時期が遅いのではないですか。

元来、朝顔は旧暦7月頃に咲く花で、新暦だと8月頃になります。変化朝顔の多くは普通の朝顔と比較すると、葉が細く、面積も少ないので、光を感じるのも鈍くなり、なかなか栄養を作れません。8月下旬から10月頃に咲くのも珍しくありません。



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●変化朝顔はどのようにして、
次代に引き継いでいくのですか。

種が採れる変化朝顔を「正木」といい、種ができないものを「出物」と呼びます。観賞価値が高い変化朝顔に限って、種ができないんです。ですから観賞価値が高い「出物」の同じ親から育った、変異の遺伝子を隠し持つ兄弟の朝顔から種を採って育てます。これを何世代か繰り返し、突然変異が起こったものを選び、交配を重ねていくことで、多様な品種が作られます。毎年3000~5000の種を蒔いて、10年で1~2回起きる奇跡のような突然変異もあります。
現在は人工交配も可能ですが、江戸時代は昆虫などによる自然交雑です。江戸時代の園芸家たちは、メンデルの遺伝法則を知るはずもなく、経験的に栽培方法をつかんでいたんです。

▶︎変化朝顔研究会 ホームページはこちらから

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