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夏の夜空に咲く、大輪の火の花
花火
今年の隅田川花火大会は7月25日(土)、昔も今も花火は夏の人気行事。「玉屋ぁ〜、鍵屋ぁ〜って言えばいいんでしょ〜」という浴衣姿の男女の話し声が通りすがりに聞こえてきた。果たして、彼らはその意味を知っているのだろうか?
隅田川の花火は、享保18年(1733)両国の大川で「川開き花火大会」が開催されたことに始まる。玉屋は両国橋の上流、鍵屋は下流に分かれて船から花火を打ち上げた。当時、日本橋横山町に店を構える老舗の鍵屋から独立を許された手代、静七が起こした玉屋(両国吉川町)の花火のほうが評判が高かったという。しかし、実際にこの二つの花火師が競い合ったのは、わずかに35年……、天保14年(1843)に失火し、玉屋は江戸払いとなり鍵屋が独占することとなる。その鍵屋も十二代目が花火よりも踊りにうつつを抜かし、享保から続く店を潰してしまった。160年以上にわたり、「玉屋ぁ〜、鍵屋ぁ〜」のかけ声だけが残っていることに驚くばかりだ。
江戸時代の花火は、今のようにオレンジやピンク、ブルーにグリーンなどの色はなく、ほぼ単色でもっと渋みのある色合いであったという。なぜか単色の火の粉が枝垂れのように振ってくる花火を見ると心が躍るのは、派手を野暮とし粋を信条とする江戸っ奴のDNAか……!?
インタビュー
浮世絵、花火といえば歌川広重の「両国花火」。灯りも何もない真っ暗な空高くに上がる花火は、江戸っ奴たちの目をどんなに楽しませたことだろう。年々派手になる今の花火は、美しいことに違いないが明るい空やネオンと競うようで少し虚しさも感じる。すべての灯りを消し、江戸の花火を復活させてみたい。
今月のエビケン編集部のつぶやき

川幅が狭い隅田川の花火は、尺は決して大きくはないが2つの会場で競い合うように、次々と打ち上げられる様はやはり壮観。そして隅田川の花火が終わると、もうすぐ秋だな〜と思う。いつもながら祭に始まり、花火に終わる私の夏。(三味線堀)

 

 

 

 

 

 

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