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朝顔市にほおずき市――「花のお江戸」は今も健在
朝顔ほおずき
インタビュー
7月6〜8日は入谷の朝顔市、そして翌日9、10日はほおずき市。この季節、夏の風物詩が目白押しである。朝から本格的な暑さを迎えた入谷鬼子母神、浅草寺は、近隣の住民はもちろん、雰囲気を味わい、店先をひやかす人たちで賑わった。江戸っ奴は、昔から草花や花木好き。裏長屋の狭い入口まわりや縁側にも所狭しと鉢植えが置かれていたという。江戸の町を初めて観た外国人は、庶民が質素な生活をしているにも関わらず、皆が花を身近に置いて愛でていることに驚いたという。当時、町には植木売り、花売り、苗売りたちが天秤棒を担ぎ、季節の花の名を呼びながら売り歩いていたらしい。「苗や〜、苗や〜、きゅうりの苗、へちまの苗、なす、朝顔、夕顔の苗〜」と呼んで歩くと、長屋の住民もこれを買い求め、家の前に植えて蔓をはわせ、中が見えないように目隠し代わりにしながら花や実を楽しんだという。また、この時代は鉢が高価だったために苗や苗木だけを買い、アワビ貝の貝殻を鉢代わり(今じゃ、そのほうが高いでしょ)にして、さまざまにアレンジしながら楽しんでいたのだそうだ。まさに現代に通じる、元祖プチ・ガーデニングである。
インタビュー
「女と朝顔」は、よく見る錦絵の美人画の構図。朝顔の一大ブームが江戸に巻き起こったのは、文化・文政の頃。狭い土地で育てるには一年草の朝顔は恰好の花であったのだろう。下谷あたりに住む下級武士が朝顔を育て、品種改良をして内職にしていたという。朝顔は、遺伝子の構造上、比較的簡単に突然変異が起こることから、花が細く裂けて花びらのようになっているものや、花びらの先が丸まっているものなど、「変わり朝顔」と呼ばれる珍種がもてはやされた。愛好家たちの間では品評会が開かれ、番付表まで出されていたことから熱狂ぶりが窺われる。今に比べ、花の種類は少ないかもしれないが、今よりも人々の楽しみ方、関心は豊かなものであったのかもしれない。ちなみに江戸時代には、黄色い朝顔があったそうだ。
※8月4日〜30日まで国立歴史博物館 くらしの植物苑にて特別企画「伝統の朝顔」を開催。
ほおずき市とはいっても、ほおずきを買うために、浅草寺へ行くわけではない。そもそも江戸時代には、ほおずき市なんて言葉はなかった。7月10日に観音様をお参りすると四万六千日分の徳があるといわれることから、「四万六千日」と呼び、皆がこぞって参拝に押し寄せたのだという。観音参りは浅草だけではないが、参拝の帰りに奥山あたりの芝居や見世物、殿方であれば吉原に寄る楽しみもあって、人気のスポットとなったようだ。この頃浅草寺界隈では、ほおずきではなく赤い実をつけたトウモロコシが雷除けの縁起物として売られていた。今でもこの日だけ、「雷除御守護」というお守りが売られている(ゴルフ好きは一つ持っていてもいいかもね)。ほおずき市では、他にも江戸風鈴、釣り忍ぶなど、夏には欠かせない風流なものも売られている。冷房も何もなかった時代、五感を使って、少しでも涼を得ようとした人たちの知恵が垣間みることができる。今は暑い日に足を運ぶ人のために、露店では串刺しになった胡瓜が売られている。ビールを飲みながらボリボリとかじるのもいい涼み方かもしれない。
インタビュー
今月のエビケン編集部のつぶやき

小さい頃、どの家の軒先にも、葦蔶に伝わせた朝顔がずらっと色とりどり咲いていた。ほおずきを買っては、何時間もかけて軟らかくして種を抜いて鳴らして遊んだ。
昔はもっと草や土ぼこり、蚊取り線香の匂いが入り交じり、大好きだったのを思い出した。(三味線堀)

 

 

 

 

 

 

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