江美研

江戸美学研究所 SINCE2008

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1603年から1867年まで、2世紀半を超えてひとつの器の中で文化が成熟し続けた江戸時代。
この奇跡の時代は、他に例を見ない美意識とライフスタイルのサンプルを私たちに残してくれました。
それは現代にも通じる日本文化の宝庫です。特に色、柄、形、文様などに集約される
遊び心とデザイン魂に満ちた「江戸のデザイン」は、日本人のデザイン感覚、様式美感覚の原点と言えます。
現在進行しつつある平成のライフスタイルは、その美意識と価値観において、
江戸時代のそれと相通じるものが多様に存在します。
江戸の美意識は日本文化のDNAとして、今も私たちの生活のなかに息づいています。
「江戸美学研究所(略称エビケン)」は、この「江戸のデザイン」を中心に、
江戸時代の美意識を多様な角度から研究・分析するために立ち上げました。
特に「江戸のデザイン」を今日にも通じるグラフィックモデルとして認識し、
そのスタイルに焦点を合わせます。そこから得られた成果を、21世紀の文化経済市場と
ライフスタイルにふさわしいカタチで皆様にレポートするものです。
立ち上がりは小さくとも、江戸時代のように末永く。どうぞよろしくお願い申し上げます。
エビケン3月号
江戸美学研究所スタッフがさまざまな江戸のデザインに関わる識者から、
江戸のデザイン、文化について学ぶこのコーナー。
第十一回目は、前回に引き続き江戸東京博物館にて、都市歴史研究室 専門調査員の
近松鴻二さんに、江戸の長屋暮らしや、職業に見るエコの構造についてお伺いします。
インタビュー
エビケン編集部
「住環境」や「都市環境」から見えてくるエコの構造なども教えていただけますか。
近松さん
まず、江戸時代の「長屋」の様子からご紹介しましょう。
江戸の人々は4畳半の部屋に、1畳半の台所と土間がついた
9尺2間(3.6m×2.7m)の長屋に住んでいました。そのスペースに、
一家5〜6人が住んでいたんです。
エビケン編集部
ほぼ6畳の空間に5〜6人も住んでいたんですか!
近松さん
ええ、そうです。それができたのは一つしかない部屋を時間帯に分けて
うまく使い分けていたからなんです。

まず、朝起きると布団をたたんで片隅に積んで置きます。
そこで箱膳で食事をしたら、畳を外して部屋の隅に重ね、板間にするんです。
そうすると、家で仕事をする職人さんの作業場になるんですね。
この模型をご覧ください。(写真1)
(写真1)長屋の中の様子。
畳は部屋の隅に重ね、板間にして作業している。
エビケン編集部
長屋の中で仕事をしていますね。まさに作業場です。
子どもたちはこの間、どうしているんですか?
近松さん
子どもたちは昼間は手習所(寺子屋)や、遊びに行ってほとんど
家にいませんから、日中は父親や母親の仕事場にできるんです。
そして夜は畳を敷いて家族の居間に、さらに布団を敷いて寝室に、
と一つの部屋を時間帯で使い分けていました。
エビケン編集部
一部屋がいろんな顔になるように、うまく使う。
これも現代とは違う発想ですね。
近松さん
現代ですと、居間・寝室・書斎など分かれていて、たとえば
寝室を使うのは、結局のところ1日の1/3程度ですよね。
2/3の時間はその部屋は無駄な空間になってしまうわけです。
ところが長屋だと、一部屋を一日の間にいろんな用途の部屋にして
機能的に使いますから無駄な空間になる時間がないんです。
空間を最大限に利用していたと言えますね。
都市歴史研究室専門調査員 近松鴻二さん
江戸庶民の暮らしの中のエコを、
様々な視点から教えてくださいました。
エビケン編集部
なるほど。ところで江戸時代の長屋の家賃というのは安かったんですか?
近松さん
そうですね、5〜6日間働けば1か月分の家賃が払えるくらいでしたから
そんなに働かなくてもよかったんですよ。
インタビュー
近松さん
そもそも、日本の家は木と紙でできていましたから、
火事ですぐ燃えてしまうんです。そこから、
「江戸っ子は宵越しの金は持たない」という発想にも繋がるわけです。
貸家に住み、着物や家財道具、お金もそんなに持たない。
エビケン編集部
なるほど。常に火災の恐れがあった。
近松さん
そうです。しかし火事がマイナス面ばかりかというと、
木と紙でできているので、家を建て直すことが比較的容易でしたから、
火事があると雇用が創出されたという面もあります。
火災といえば、江戸時代の消火活動というのは、水をかけて火を消すのではなく
「破壊消火」だったんですよ。
エビケン編集部
「破壊消火」とは何ですか?
近松さん
今のような強力なポンプのない時代、水をかけても間に合わないので、燃え移る危険のある
近くの家を壊してしまうんです。この破壊消火をしたのが「町火消し(まちびけし)」です。(写真2)
破壊して消火しますから、町火消しには建築のことをよく知る
鳶職(とびしょく)の人が適任で、彼らを中心に結成されました。
彼らは、消火活動もするけれども、壊したあとは
今度は自分たちの本業として、建築にも携わるわけです。
(写真2)町火消しの様子を描いた大絵馬。
エビケン編集部
なるほど、それで火事から仕事が生まれると。
近松さん
ええ、そうです。ここに纏(まとい)の模型があります。(写真3)
纏は火を消すためのものではなく、町火消しのどの組が消火活動をしているかを
周囲に知らせる目印なんですよ。
(写真3)纏(まとい)の模型。
大きく「五」と組の番号が書かれている。
エビケン編集部
大きく「五」の文字が書かれていますね。
たしか、纏に「め」を書いた「め組」というのもありましたよね。
歌舞伎でも知られる「め組の喧嘩」というのも町火消しのお話だったような。
近松さん
これは町火消しの「組」の番号です。
享保3年(1718年)に、南町奉行の「大岡越前」こと
大岡忠相の命により、江戸では「いろは四十八組」という48の町火消しを
組織し、地域を区切って担当させました。「め組」は、その組の一つです。
インタビュー
エビケン編集部
長屋にはどんな「エコスタイル」があったのでしょうか。
近松さん
長屋では共同化の徹底が行われていました。
たとえば長屋の各家にはトイレがなく、
住居の外に設けられた「惣後架(そうこうか)」という共同便所を使っていました。(写真4)
また、「井戸端会議」なんて言葉も生まれるとおり、
現在の水道の蛇口に相当する井戸も共同ですし、
浴室も湯屋(銭湯)として共同でした。
だいたい長屋は10家族程度が住めるように作られていましたが、(写真5)
その10家族が二つほどの惣後架を共同で使います。
トイレやお風呂というのは1日のうちのほんの短時間しか使いませんから、
そういうものを共同にすることで無駄がなくなるんです。
(写真4)長屋の共同便所「惣後架(そうこうか)」(左)、
地下に引かれた水道の所々に作られた井戸(中央)、小さな社(右奥)。
(写真5)長屋が整然と並んでいる町の様子。
エビケン編集部
確かに1日のうち短時間しか使わないものは共同化したほうが
効率的かもしれませんね。
近松さん
それから、江戸の町は排泄物を完全にリサイクルしていましたので、
町は清潔でした。排泄物は汚くて捨てるもの、という概念が
江戸時代にはなく、排泄物も大切な資源だったのです。

「惣後架」で集約された排泄物は、近郊のお百姓さんが肥料として回収し、買っていきます。
化学肥料がなかった当時では、かなり質の良い肥料だったといいます。
長屋の管理人である大家(家主)さんがそれを売ってお金にしていました。
大家さんの収入の半分は、それで賄われていたと言われるほど、
排泄物は高い金額で取引されていたんですよ。
それを皮肉った川柳もあるくらいです。
エビケン編集部
誰かに頼んで引き取ってもらう、というのではなく、
排泄物が高額で売れていたとは驚きです。
インタビュー
近松さん
それから、江戸ではリサイクル・リユース業という産業そのものが
「主要産業」のひとつだったんですよ。
エビケン編集部
リサイクル・リユースに関する仕事が多かった、ということですか?
近松さん
そうです。たとえば、こんなにたくさんのリサイクル・リユースに関する職種がありました。(下表参照)
このうち、古着屋・古着買い・古道具屋・古鉄屋・古鉄買いの5業種の従事者が、
嘉永5年(1852)6月の段階で、江戸に9,670人いたことが分かっています。
町奉行所が定期的に動向調査をしており、その記録が残っているんです。
ちなみに、同年の江戸町人の人口は574,925人(男性295,453人・女性279,472人)
でしたから、その比率の高さも分かりますね。
エビケン編集部
なるほど、リサイクルだけでこれだけの仕事があり、人々がそれに
従事していたんですね。
今回は2回にわたって、江戸の循環型社会についてお話を伺いました。
江戸の人がどのように上手に「身の丈暮らし」をしていたかよく分かりました。
近松さん、ありがとうございました。

江戸東京の歴史と文化について、豊富な資料や復元模型を通して楽しみながら学べる博物館。
5階と6階が吹き抜けになった、約9,000㎡(延床面積)の常設展示室では、
実物大に復元した大型模型などが展示され、江戸東京の都市と文化、生活を楽しく学ぶことができる。
また年間を通じて様々な特別展を行っている。図書館、映像ホール、映像ライブラリー、
ミュージアムショップ、レストランなどもあり、一日中楽しめる博物館だ。
「えどはくカルチャー」、「ふれあい体験教室」などのイベントも
随時開催され、気軽に楽しめる。

ホームページhttp://www.edo-tokyo-museum.or.jp/

今月のエビケン編集部のつぶやき

アッチ(32) 入社5年目/デザイン担当

●趣味:焼き肉
●特技:大食い

リサイクル・リユースという考え方は古くから日本の生活様式として根付いてきた。単純に物がない時代だったのかもしれないが、その分知恵を絞ってみんな精一杯幸せに生きようとしていたのかもしれない。自分の小さい頃は景気が良かったにも関わらず、今ほど物が溢れてはいなかった。その時その時の状況に応じてフレキシブルに生活スタイルも変えて行ける…、そんな柔軟さが幸せの鍵かもしれない。

チッチ(33) 入社5年目/ライター担当

●趣味:スッキリ暮らす(目標)
●特技:エコ替え(こっちも目標)

今回は長屋についてくわしく教えていただきましたが、ほぼ6畳の家で5〜6人が生活するというスタイルには驚きました。私も江戸の人々を見習って、必要以上の物を持たず、スッキリと暮らすのを今年の目標の一つにしようと思います。そして江戸の人たちにとって火事は恐怖だったけれど、そこから雇用が生まれていたという面は、新たな発見。近松さん、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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