江美研

江戸美学研究所 SINCE2008

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1603年から1867年まで、2世紀半を超えてひとつの器の中で文化が成熟し続けた江戸時代。
この奇跡の時代は、他に例を見ない美意識とライフスタイルのサンプルを私たちに残してくれました。
それは現代にも通じる日本文化の宝庫です。特に色、柄、形、文様などに集約される
遊び心とデザイン魂に満ちた「江戸のデザイン」は、日本人のデザイン感覚、様式美感覚の原点と言えます。
現在進行しつつある平成のライフスタイルは、その美意識と価値観において、
江戸時代のそれと相通じるものが多様に存在します。
江戸の美意識は日本文化のDNAとして、今も私たちの生活のなかに息づいています。
「江戸美学研究所(略称エビケン)」は、この「江戸のデザイン」を中心に、
江戸時代の美意識を多様な角度から研究・分析するために立ち上げました。
特に「江戸のデザイン」を今日にも通じるグラフィックモデルとして認識し、
そのスタイルに焦点を合わせます。そこから得られた成果を、21世紀の文化経済市場と
ライフスタイルにふさわしいカタチで皆様にレポートするものです。
立ち上がりは小さくとも、江戸時代のように末永く。どうぞよろしくお願い申し上げます。
エビケン1月号
江戸美学研究所スタッフがさまざまな江戸のデザインに関わる識者から、
江戸のデザイン、文化について学ぶこのコーナー。
第九回目は、前回に引き続き江戸東京博物館にて、学芸員の松井かおるさんに、
「身に着けるもの、衣服と装飾品の美」について教えていただきました。
インタビュー
エビケン編集部
本日は、衣料品や装飾品など、身近な「身につけるものの美」について
教えていただければと思います。
まず、衣料品や装飾品がどのように進化していったのか教えていただけますか?
松井さん
江戸庶民の衣服や装飾品に関して言いますと、
まず着物に関しては、江戸の中期ごろからそれまでの「麻」に替って
「木綿」がより流通するようになり、庶民の衣服にもさまざまなデザインが登場します。

たとえばこの浴衣(写真1)や手ぬぐいに見られる「型染め」もそうですが、
こういうデザインは木綿が入ってきた江戸時代中期以降に出てくるものなんですね。
こうした細かい柄を小紋といいますが、もともと大名の裃などに用いられ、その後
武家や富裕な町人層が切る絹の着物や羽織に用いられるようになりました。
一方庶民は木綿の浴衣や手ぬぐいにこうした型染めを取り入れて楽しみました。
このような型紙やそれでそめた柄を「中形」といいます。
江戸中期以降には、このような中形の型紙もいろいろ考案されてきます(写真2・3)。
エビケン編集部
これが中形の型紙ですか。デザイン性を感じる模様ですね。
細かく切られていますが破れたりはしなかったんですか?
松井さん
型紙は、渋紙で丈夫に作られていました。また、染めるときに
糸を渡して切れないようにするなど、工夫されていたんです。
白子(現三重県鈴鹿市)あたりが有名な型紙の産地でした。
このような型紙は江戸でオーダーして作るのですが、
浮世絵師の葛飾北斎なんかは、型紙をはじめ、煙管のデザインなどもしていました。
エビケン編集部
そうなんですか!それは名デザイナーだったんでしょうね。
松井さん
こちらは絞りの柄です(写真4・5)。「有松絞り(ありまつしぼり)」と言いまして、
東海道の有松(現名古屋市緑区)で作られた絞りの柄です。
十辺舎一九の『東海道中膝栗毛』の弥次さん北さんの
道中のなかにも、有松絞りの店に立ち寄る場面が出てきますし、歌川広重も
「東海道五十三次之内 鳴海」で有松絞りの店先を描いています(写真6)。
当時、江戸ではかなり流行した着物のデザインでした(写真7)。
着物とともに帯も細幅から太幅へ変化し、結び方もさまざまな工夫がなされました。
インタビュー
エビケン編集部
装飾品も着物と同じように、江戸中期ごろから変わっていったのでしょうか?
松井さん
装飾品は、江戸の開府から幕末まで260年あまりの間で驚くほど進化していっています。
やはり後期になればなるほど、凝ったデザインのものが多く見られますね。
江戸時代の日本は鎖国の状態にあったので、技術の発展が軍事の方向へ
向かうことがなかったんですね。また、ヨーロッパを発信源として世界中を席巻した
産業革命の波にのまれることもなく、手工業が高度化していきました。
技術が進んだ現在でさえ、手作りではとても作れないような、工芸技術や技法が
江戸時代には急激に進歩しているんですよ。たとえば、からくり人形や
エレキテルなどがその例です。

江戸東京博物館 学芸員 松井かおるさん 着物の柄と装身具について教えてくれました。

エビケン編集部
なるほど。江戸時代は鎖国によって技術を外向きに発展させる必要がなかったので、
どんどん内向きに、人々の生活のほうに技術が進歩していったのですね。
松井さん
そうです。身近なところで言えば、たとえば髪型もどんどん変化していきますね。
江戸の初期には、まだ髷があまり発達しておらず、シンプルで
男女が描かれた浮世絵を見ても、どちらが男性か女性かわからない…という
感じなのですが、その後女性の髪形はどんどん大型化して、複雑化していきます。
それにあわせて装飾品の櫛や簪のデザインや大きさ、材質なども多様化していくわけです。
春夏秋冬の季節感を櫛でもあらわすなど、装身具にも「粋」や「こだわり」が感じられます。
260年あまりの間に、装身具は大きく進化していったんですよ。
インタビュー
松井さん
江戸時代の間にしだいに高い工芸技術を誇る工芸品となった
装飾品のひとつが「たばこ入れ」です。
たばこ自体が嗜好品で、生活必需品ではないですから、それにまつわる小物も
美術工芸品のように、自然と遊びやこだわりがあるものが多く見られるんです。
エビケン編集部
江戸の美意識や遊び心が詰まっているわけですね。
喫煙の習慣というのは、いつごろ日本に入ってきたのでしょうか。
松井さん
1600年前後ですから、江戸の少し前、天正期あたりでしょうか。
たばこは最初、単純にたばこの葉が湿らないように「油紙」に包んで携持していました。
徐々に、革製や布製など、おしゃれに携帯できる「たばこ入れ」が使われるようになります。
これがたばこ入れと煙管です(写真8)。これは「腰差したばこ入れ」といって
棒の部分を帯に差して身に付けました。
(写真8)更紗花紋腰差したばこ入れ・煙管(館蔵)
エビケン編集部
細工が細かいですね!たしかに美術工芸品のようです。
松井さん
江戸も後期になると、ずいぶんと凝ったものが現れてきます。
江戸時代にはこのようなたばこ入れを持てたのは身分の高い人や富裕な町人だけでしたが、
明治時代に入ると「廃刀令」が出て、刀の金具の装飾をしていた職人たちが、
装飾品の分野で仕事をするようになり、装飾はより高度に発展し、それを買い求める
社会層も広がりました。
こうして、江戸から明治にかけてのたばこ入れは、まるで「究極の工芸品」のように
なっていくのですが、明治の終わりごろに現在のようなシガレットが
オフィスなどで普及しはじめたため、たばこ入れの需要が減り、あまり作られなくなっていきます。
インタビュー
エビケン編集部
たばこ入れのデザインにはどのような特徴があったんですか?
松井さん
季節感あふれる花や動物、故事来歴などさまざまなモチーフですが、
「見る人が見れば、わかる」というような、
いわゆる「通好み」のデザインが多かったようです。
たとえば、これはたばこ入れの前金具の部分を拡大した写真なのですが(写真9)
「斧(おの=よき)」と「琴」と「菊」が彫られていますよね。
これは「よき・こと・きく」と言って「良きこと聞く」と
読ませる、縁起の良い「判じ物」なんです。
「良きこと聞く」の判じ絵の柄は、もともと歌舞伎役者の
三代目尾上菊五郎が衣装の柄に使ったものなんですよ。

それから、この写真をご覧ください(写真10)。
このたばこ入れは、先ほどの「腰差し」というタイプと違って、
帯に差す部分が小さい「一つ提げ」と呼ばれるタイプです。
象牙でできている根付の花の彫り物ですが、その中心に、虫が彫られています。
エビケン編集部
この花が帯から下がっていて、普段は見えない部分なのに、
さらに見えない花の中心部にまでサプライズが隠されているんですね!
松井さん
そうなんです。こちらも、たばこ入れの根付の部分で
小さくてわかりにくいですが、傘をかぶった人が踊っています(写真11)。
これは葛飾北斎の「北斎漫画」にも出てくる「雀踊り」という
場面を彫ったものです。こういう踊りが流行したので、それを彫ったんですね。
(写真11)金唐革花文一つ提げたばこ入れ 緒締(館蔵)
エビケン編集部
見えないところにずいぶんと細かい細工をしていたんですね。
松井さん
これらは普段は帯の下にあって見えないけれど、
たばこを取り出すときにはじめて人の目にふれて「おっ」と思わせるわけです。
そのような「見えないところへのおしゃれ」や、
「わかる人にはわかる遊び心」というのが「粋」とされていました。
エビケン編集部
なるほど。さきほどの「判じ物」もそうですけれど、「なにかに見立てる」
というのが、江戸の文化には多いようですが?
松井さん
教養の一つだったんでしょう。
そういうことを知っている人が「通」と呼ばれていたのではないでしょうか。
いまだと「ルイ・ヴィトンの今年のコレクション」というように、わかりやすい
ブランドマークの付いた新しいデザインの商品を持つことが流行だったりしますが、
江戸時代は「背後に物語を隠す」というのでしょうか、
持つ人の知性を感じさせて、「あー、わかるわかる」と
言い合うことが粋だったんでしょうね。
エビケン編集部
人の教養をためすようで、わからなければつまらないけど、
わかる人とは通じ合える楽しさがあるのですね。
松井さん
たばこ入れは小間物屋か、または持ち手である客がプロデューサーとなって、
あるテーマを決め、パーツを吟味しながら発注し、オリジナルの一品を
作り上げていくのです。たとえば袋の部分に、鎖国時代で手に入りにくい
外国の更紗やビロード、ヘビやワニの革を使います。中には清の皇帝しか
着用が許されない衣裳の布片で作ったものまであります。
また、根付にも象牙、サンゴ、珍しい石などを複雑に彫り上げて用います。
煙管や前金具などの金属加工も贅を尽くします。
こうした究極の工芸品を取り出してはその由来や意味を語るのが
楽しかったのではないでしょうか。
インタビュー
エビケン編集部
なるほど。江戸庶民の知的な美意識を垣間見ることができたような気がします。
今日は本当にありがとうございました。

◎次回は、江戸の「都市と暮らしのエコスタイル」について学びます。

江戸東京の歴史と文化について、豊富な資料や復元模型を通して楽しみながら学べる博物館。
5階と6階が吹き抜けになった、約9,000㎡(延床面積)の常設展示室では、
実物大に復元した大型模型などが展示され、江戸東京の都市と文化、生活を楽しく学ぶことができる。
また年間を通じて様々な特別展を行っている。図書館、映像ホール、映像ライブラリー、
ミュージアムショップ、レストランなどもあり、一日中楽しめる博物館だ。
「えどはくカルチャー」、「ふれあい体験教室」などのイベントも
随時開催され、気軽に楽しめる。

ホームページhttp://www.edo-tokyo-museum.or.jp/

今月のエビケン編集部のつぶやき

アッチ(31) 入社5年目/デザイン担当

●趣味:ブログ更新
●特技:母性

先日古い友人と銀座を歩きました。10年前に務めていた会社があったので、今でもなじみ深い街。しかし10年余りで随分景観も雰囲気も変わったように思いました。外資系のブランド店が軒を連ね、何やら自分が外国人にでもなったようです。古いものが全て良しとはけして思いません。ただ、その街らしさを失ってしまうのは寂しいものです。文化も同じく、ですね。

チッチ(32) 入社5年目/ライター担当

●趣味:東京散歩
●特技:東京迷子

今回は、江戸の着物の型紙と煙草入れの芸の細かさにびっくり。江戸の人々の「隠れたおしゃれ」への熱意はすごいですね。なかでも、たばこ入れの根付のこだわりなどは、現代の携帯電話のストラップに通じる面白さがあるな〜と思いました。たばこ入れの意匠を携帯電話アクセサリーに活かしたら、とっても粋で、現代でも流行するのでなはいでしょうか。

 

 

 

 

 

 

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