去る7月4日、江戸東京博物館において愛知県岡崎市の産婦人科医、
吉村 正先生の講演会がありました。
78歳の先生はご高齢の上、ご体調をくずされ、
今回が最後の東京講演になるかもしれないと聞き、駆けつけたのです。

お産の家」は、1999年夏、江戸時代の伝統的建築工法により
吉村医院西隣に完成しました。 自然なお産を追求してきた吉村院長が、
真実のお産のための、究極のお産施設として創り上げたものです。
本館の裏庭に建つ茅葺屋根の古民家は、
江戸時代、250年以上前のものを、愛知県北部の足助から移築したもの。
吉村医院では「古屋(ふるや)」と呼んでます。

ここには妊婦さんたちが毎日集い、古典的労働を行っています。
ノコギリで木を切り、斧で薪を割り、井戸で水を汲み、
古屋の床や壁を雑巾で拭きます。』(以上HPより抜粋) 。

この日、吉村院長は妊娠中の食生活について
『日本の土地で単純な農業によって自然につくられたものを、
少しだけ食べるといいです。 江戸時代や明治時代の食生活がいいのです。
自然の法則にしたがって生きていた頃の食べ物を食べることで、
かつてのような自然なお産ができるようになってい きます。
甘いものや、油ものや、洋食をパクパク食べて、あとはゴロゴロ寝ておって、
身体を動かさないうえに、ちょっとしたことでビクビクしておる。
そんな生活をしていたらいいお産なんてできません。
しっかり自分の生活を見直して下さい。』
とお話されていました。

講演会では 吉村医院での妊婦さんたちの労働の様子が映像で流されました。
臨月の大きなお腹をかかえ、しっかり薪を割り、
単純作業のリズムがとても気持ちがいいとの感想を
笑顔で話す様子がとても印象的でした。
 そして産まれてくる赤ちゃんたちの
安堵の表情と
清らかな瞳に涙が出たほどです。
(ちなみにわが息子は眉間にくっきり皺をよせて産まれてきまし た。)

医療の進歩とともに ここ数年の帝王切開率の高さは異常だと
吉村院長は強く現代のお産事情の危機について訴えます。
昔ながらのお産をしていたら皆ツルツルに産まれてくると─


この秋には
河瀬直美監督最の新作であり、
吉村医院のドキュメンタリー映画
『玄牝(げんぴん)が公開されます。
公式HP→http://genpin.net/
是非、観て心で感じていただきたい作品です。
また 吉村院長、最新のご著書
『いのちのために いのちをかけよ
(地湧社)には
次世代へ江戸のお産の素晴らしさをつなげたいという、
院長の強い願いがしっかりとつまっています。

私の鹿児島に住む97歳の祖母はかつて自宅で助産院を営んでおりました。
自然のお産、そこに真の強さがある日本人がまた生まれくるのではないかと……、
期待したいものです。

愛知県岡崎市 吉村医院・お産の家
http://www.ubushiro.jp/

江戸時代の中江藤樹は実に耳がイタイことを説いてくれます。

『母親が夫の欠点や失点をわが子に語り聞かせて面白がる者が多い。
それはその子に不孝を教えることになる。
親孝行は必ず親の欠点を見ることから始まるからだ』

旦那さまに聞こえるように
『パパ、嫌よね〜。パパ何も手伝ってくれないから』
など、
決してわが子の前でぼやいてはいけないのです。

『わが身を正して道にかなった行動を示すことが自然と周囲に変化をもたらす
徳教こそが子育ての根本である』とも……。

今日から『ザ・徳教』をテーマに生きていこうと決意してみました。


庶民のための礼法『礼学童蒙必要』によると、2歳になったら
『朝、母は子を抱いて両手を合わせ、父にお礼(挨拶)をすることを教えよ。
歩くようになったら、母にお礼をすることを教えよ。祖父・祖母をはじめ、
他人に会うたびにあいさつすることを教えよ。
言葉が話せない赤ん坊でも、母親が抱っこしてあいさつせよ』
とあります。

両手をあわせて旦那さまに朝の挨拶。早速明朝から実行です。

これは日本を変える実験のような気がしてなりません。
どれだけ続くか楽しみにしていてください。

東京の銀座に威容を誇り、名物でもあった歌舞伎座が
4月興行を最後に建て替えられることになり、
4月末にはその姿を消してしまいます。

三年後には、また新しい歌舞伎座がお目見えするとのことですが、
なんかやはり淋しい気がします。
しかし、歴史を見てみますと歌舞伎座は、明治22年(1889年)に、
東京の木挽(こびき)町に開場して以来、
今年はおよそ120年の月日が経ち、
その間、4回建て替えられています。
大正時代に火災に見舞われたのをはじめ、
大正の関東大震災、昭和の東京大空襲に遭遇し、
現在の建物は昭和26年に建て替えられたもの──、
約60年程前のことです。

太平洋戦争の傷跡も癒えぬ殺伐としていた当時、
歌舞伎座の復興はそれだけでも
どれほど国民に勇気を与えたかしれません。
焼跡の残骸も残り、食糧事情も悪く、経済も不況で
戦争に負けた今後の日本はどうなるのかと、
暗い気持ちであった日本人の心を明るくしたのでした。

今は亡き、初代中村吉右衛門、市川猿翁、七代目坂東三津五郎、
三代目中村時蔵を中心に重々しく幕を開けました。
その時観た「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」をはじめ、
数々の舞台は未だにはっきりと脳裏に残っています。
それからどれほど通ったか判りませんが
思い出は尽きません。

歌舞伎見物というとお芝居を観るだけと思っている方が
多いようですが、そうではないと思います。
観る楽しみはもちろん、美味しいものを食べる楽しみ、
親しい人たちと話をする楽しみ、
晴れの着物を着てお洒落をする楽しみ等、
色々な楽しみが含まれていて、
それらが一緒になって芝居見物というのではないでしょうか。

歌舞伎座の中には「吉兆」という高級料亭をはじめ、
食堂、蕎麦や、カレーライス店、コーヒーショップ等、
沢山ありました。
また、売店もお洒落グッズからモナカアイスに至るまで
幅広い賞品が並んでいました。

そうして幕間も楽しく過ごせたものでした。

外観の歴史も写真で見ますと洋風、日本式宮殿風、現在の桃山風と
変わってきています。
今後3年後に開場する新しい歌舞伎座はどんな建物になるのでしょうか、
どんな内部になるのでしょうか、今から楽しみです。

ゆったりとした気持ちでクラシックを聞きましょう、
お腹の赤ちゃんに絵本を読み聞かせましょう──
というのが現代の胎教。どちらかといえば主体は
まだ見ぬ赤ちゃんであると思い込んでおりました。

ところが江戸時代の胎教の主体は母親。

『慈悲や正直の心持に務め、仮にも邪な考えを起こしてはいけない。
食物を十分慎み、環境や身の行いも正して慎み、
目に乱雑な色を見ず、耳に邪な声を聞かず、
古の賢人、君子の行跡や孝悌忠臣の故事を記した草紙を読んだり、
そのような物語を聞くがよい』

美人の女の子を望めば美人画、
丈夫な男の子を望めば武者絵を見ましょう──と
江戸時代初期の陽明学者、中江藤樹は「鑑草」で説いてます。
そう、胎教とは母親の毎日の生活そのものなのです。

十月十日(とつきとうか)、
今の世の中で、
当時の胎教を実践して出産できたら
将来の日本は素晴らしいものになるでしょうね。
是非、広めていきたい考えです。

思えば出産前に初の出版を控え、編集者の方にご心配をかけながら
予定日も仕事をしていた私─、反省しきりです。

塚田圭一(つかだ・けいいち) 
1934年、東京生まれ。
早稲田大学文学部演劇学科卒業。学生時代から歌舞伎にいそしむ。
卒業後、卒論のテーマだった『小芝居』の取材のために通ったかたばみ座に在籍。
その後、菊五郎劇団を経てフジテレビ開局時(1958年)に入社。
主にドラマの演出で活躍するかたわら、歌舞伎座等のイヤホン・ガイドの
解説をスタート時から担当している。
現在はフジテレビを経て共同テレビジョン代表取締役会長。数々のイベントに取り組む。
著書には「歌舞伎・ザ・エンターティメント」「平成歌舞伎委員会」(扶桑社)がある。

歌舞伎には、大別すると時代物、世話物、所作事、新歌舞伎の
四種の演目があります。
慶長八年(1604)に発生し、当初はレビューのような踊りだったのが、
元禄年間のころから大変に成長し、数々の名作が生まれました。
現在、上演されているお芝居の大部分は、
その時代以降の江戸時代に作られたものです。
ですから、江戸時代の人たちから見た「時代劇」──、
つまり江戸以前の時代が舞台になているお芝居を時代物といいます。
それに対し、江戸時代を舞台にしたお芝居「現代劇」を
世話物と称しています。
他の2つ、所作事は踊り、
新歌舞伎というのは明治以降に作られたお芝居です。

挿絵02-歌舞伎.jpg

従って、ここで取り上げるのは当然、世話物。
歌舞伎を知る上で、江戸の庶民の生活をいろいろと見ていきたいと思います。
江戸時代の江戸は開府当初は16万人くらいの都市でしたが
あっという間に100万人都市に膨れ上がりました。
しかし、当時の地図を見てみると、その70パーセントに当たる
中央部分が、地方の大名の江戸屋敷をはじめ、
それに関係するお武家屋敷ばかり。
残りの30パーセントの土地に
庶民がひしめき合って暮らしていたわけです。
人口比でみると70パーセントの中央部分に30パーセント、
30パーセントの土地に70パーセントの人が住んでいました。
現在の東京大学は加賀百万石の江戸屋敷跡に建てられたもの、
あれだけをみても如何に広大な土地を占有していたかが判ります。

一方、庶民の方は、猫の額ほどの土地にひしめき合って
生きていたわけですから、たまりません。
その中にも寺地も沢山ありますし、
表通りのよい場所には「伊勢屋」「近江屋」「越後屋」など
地方の豪商が進出占拠しています。
大工とか、左官とか、ぼて振り(天秤棒を担いで物売りをする人)など、
いわゆる一般庶民は、長屋住まいを余儀なくされてしまうことに……。
幅九尺(約3メートル)、奥行き二間(約4メートル)の
いわゆる九尺二間と呼ばれる空間の中で、
それも棟続きの長屋で棲息していた人が多かったのです。
でもだからこそ、人情の機微も生まれ、
様々なドラマが生まれたのです。

 

挿絵03-長屋.jpg

 

※長屋については、江戸の生活文化のバックナンバー「江戸のエコスタイル②」をご参照ください。

塚田圭一(つかだ・けいいち) 
1934年、東京生まれ。
早稲田大学文学部演劇学科卒業。学生時代から歌舞伎にいそしむ。
卒業後、卒論のテーマだった『小芝居』の取材のために通ったかたばみ座に在籍。
その後、菊五郎劇団を経てフジテレビ開局時(1958年)に入社。
主にドラマの演出で活躍するかたわら、歌舞伎座等のイヤホン・ガイドの
解説をスタート時から担当している。
現在はフジテレビを経て共同テレビジョン代表取締役会長。数々のイベントに取り組む。
著書には「歌舞伎・ザ・エンターティメント」「平成歌舞伎委員会」(扶桑社)がある。

 

歌舞伎は慶長八年(1604年)に、出雲の阿国が京都で「かぶき踊り」を
興行したのが始まりとされています。
慶長八年といえば、徳川家康が江戸に幕府を開いた年です。
つまり「江戸時代」の最初の年です。
そのころは人口16万人位の年であった江戸も
ぐんぐん成長し世界に冠たる100万人都市となりました。
歌舞伎もそれに比例するように発達し、
元禄時代に入ると大きく開花したのです。

江戸には市川団十郎、上方には坂田藤十郎という大スターが出現し、
作者も近松門左衛門、音楽の方でも竹本義太夫等、逸材が揃ってきました。
テレビも、ラジオも、映画もない、新聞も週刊誌もなにも無い時代です。
現在のメディアの総合的な機能を持っていたといっても
過言ではないでしょう。
何か事件があれば、すぐそれを舞台で取り上げたりもしてましたから
テレビのニュースショウを見るような楽しみもあったに違いありません。
舞台で俳優が着る衣装も、すぐに真似たりする人が多く、
ファッションの原点でもありました。
デザイン、音楽も歌舞伎から生まれたものが多く、
流行語も数多く流布しました。
歌舞伎以外には、他にこれといった娯楽は無かったわけですから、
民衆が熱狂的になったのも想像に難くありません。
ですから、江戸を考察しようとする場合、歌舞伎は大変に重要です。

幸い現在も歌舞伎は盛んに上演されています。
江戸時代に作られた数々の名作が今も見られるわけですから、
こんな貴重な生きた資料は他にありません。
当時の生活習慣から、衣裳、頭髪、言葉等にいたるまで
手にとるように判ります。
義理、人情、仁義という言葉を聞いただけで
毛嫌いする人も多いようですが、
その中には現代の人が忘れてしまっている美しい心が
感じられるお芝居も結構あります。
なんといっても伝統芸能の最も代表的なものです。
我々の先祖が作り上げた偉大な文化です。
日本人である以上、是非観て頂きたいと思います。
いろいろな角度から江戸を知ることができるはずです。

〈懐妊を知るには、いかに〉

あ、もしやと思ったら
妊娠判定薬でサクッと妊娠か否かは一応気軽にわかる現代。
江戸時代は懐妊か否か知るのも体当たりなのであった。
さしづめ『女性の品格』のお江戸版『女重宝記』によると方法は二つ。

一、川芎(せんきゅう:セリ科の多年草)を粉にして
      もぐさ(よもぎ)の煎じ汁にして空き腹にのむべし。
      その日のうちすこし腹うごく⇒懐妊。
      うごかない⇒病

senkyu.jpg

二、よき酢にてもぐさを煎じ、さかずきの半分ほど飲むべし。
      腹の内しきりに痛むことあれば⇒懐妊。
      痛まない⇒病

なんだか、まずそうで、にがそうで、しかもとても痛そうだ。
でも厳かで儀式的な感じもあって、悪くない。
痛くないならちょっと(だけ)試してみたい気がしないでもない。

〈食べていいもの、いけないもの〉
私の場合、妊娠中一番の関心ごとは『食事』だった。
あれも食べたいこれも食べたい、お腹の赤ちゃんの欲求に従ってしまえ〜。
「スシはダメよ〜♪」と、生ものはあまり良くないと
昔、アメリカ人の妊婦の友人から聞いたことだけ覚えていた。
環境破壊が叫ばれる今とでは、食べ物の質も味も当然違うかもしれないがいたって雑穀万歳の粗食がいいらしい。


☆懐妊のとき食べていいもの

 

おおむぎ
あ   わ き   び 黒   豆 大   根 ご ぼ う
う こ ぎ あ ざ み せ   り う   ど やまのいも
い ち ご く   こ にんじん こ   い か   き い   か
が   ん く ら げ        

 

★懐妊のとき食べてはいけないもの

 

な   し う   め も   も す も も あ ん ず く わ い
 くずのこ
すべりひゆ  はすのね
ま   め も   ち こんにゃく
ひ と も じ (葱)
くさびら(茸) い た ど り(山菜)
が  ざ  み (か に)
いしがれ (いしがれい)
うろこなき魚
し じ み  さけの魚
あ   ゆ ふ   な 川   魚  どじょう
な ま ず えびこんぶ た   こ  めんるい す し 干塩(醤)
か   も は   と す ず め 肉   食 くさきもの からきもの
塩辛きもの 油気のもの あつきもの      

 

朝は果物よね、と梨や桃をしゃりしゃり食べ、梅干もほぼ毎日。
鮭はアンチエイジング対策。
ヘルシーなきのこいっぱいの熱々の鍋にうどんを入れ、葱も入れ
体重が増えたからといってはこんにゃく麺を食べていた。
インドカレーやグルメバーガーにはまった時もある。
そして好物の鰻も少々。
ぜんぜん駄目、失格だ。──あい、すみません。
冷や汗である。


 

〈これがあれば難産なし?〉
妊婦にとっては、神にもすがりたい安産。
私も頂いたお守り達をしっかり産院に持参した。
お江戸の安産=難産なしのおまじないには伊勢という字を紙に書き
信心して水にて産婦に紙を飲ませればそのまま生まるるとある。

伊勢という字は分解すると[人これ生まるるは丸(まろ)が力]と読む。
神の力で生まるるの理だと。
お伊勢パワーだ。なんともスピリチュアルではないか。kn-tog-00-000-6.jpg

 


 

調べたところ、なんとメスがオスの体内に卵を産みつけ、
オスは自分のお腹の中で胎児を育てるという。
交尾の数日後には、ちゃんと稚魚がオスの体から
次々と産まれてくるらしい。
いわば夫が出産育児をするわけである。
江戸の感覚はなかなかウィットにとんでいるとみた。

以上、次回はお江戸の胎教について語りたい

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